サファイア・サイアン


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園卒業生。元アトモスクラス。
 学生時代はピーコックとして舞台に立っていたが、割合としてはややレイヴンに傾倒しており、それが高じたのか現在では劇団ロワゾにて主にレイヴンを演じている。蝶の気まぐれさながらに今でもスワンを担当することもあるが、それもごく稀であるため、現在の役柄としてはレイヴンと評してしまっても構わないだろう。
 アトモスの卒業生らしく舞台の空間を把握することが得手なだけではなく、彼は舞台上での計算能力が非常に高い。板上の空間把握を行った上で、自らを含む役者の立ち位置、観客の視線の動き、次の台詞までの動作、それら全てを彼は人一人分の頭に入れ、計算し、演じる。
 ゆえに、相手役が脚本通りに演じようが、アドリブを挟んでこようが、それを予測していたかのごとくに演じられるのだ。彼の元担任はそんなサファイアの演技をさながらチェスでも見ているようだ、と称したらしい。サファイアの演じる演目の多くがサスペンスやミステリ、或いは古典的であるのは、彼自身のチェスめいた演技のスタイルに由来するのかもしれない。
 驚くべきことに──ここにいるとまったく驚くべきことばかりだが──ルニ・トワゾに入学するまで、サファイアには演技経験はなく、更に言うならば演劇を観たことすらもほとんどなかった、という。ルニ・トワゾに入学を決めたのは年の離れた従妹からの薦めであったとか。そして、それを聞いた一部の学生から顰蹙を買い、「青二才」などと揶揄られていた時期もあった。また、新人公演で初めて舞台に立つ緊張からチアノーゼ状態になり、まともに舞台に立てなかったことがそれに拍車を掛けた。
 しかし、彼は周囲の声に反論することなく自分の未熟さを恥じ、その公演以降はそれまで以上に熱心に稽古に励み、研鑽を積んでは着実に、それこそ一手一手チェスの駒を進めていくように役者としての実力を伸ばした。そして、かつての新人公演を忘れぬためにと、元から青白い顔色を更に際立たせる青い口紅を自身の唇に塗るようになった。
 緊張も恐れもなく、レイヴンとして堂々と舞台の中心に立つ彼を青二才と呼ぶ者はもう存在しないだろう。
 人柄としては、常に微笑みを絶やすことのない、物腰柔らかで紳士的な性格である。が、余談として、サファイアは「ナイチンゲール」という役柄に偏執的な愛情を抱いている。その理由は彼の同輩である私にも不明だが、彼は敵対したナイチンゲールをいかに美しく、無様に舞台上で散らせるか、それを学生時代から──彼の元担任曰く入学試験の時分から、おのれの能力全てをそのラストシーンに注ぎ込んでいるらしい。
 それが理由なのか、ナイチンゲールとして有名なルビー・ルージュとサファイアは、傍目に見ても異様なほど親密な関係である。彼ら二人の仲は劇団内のみならず、彼らの古くからのファンの間ですら周知の事実であるために最早誰も何も問わないが、もし問うたところで何が分かるわけでもないだろう。
 何故ならば、彼らはまるで息を吐くかのように嘘を吐くのだ。もしくは、彼らの吐いた息が嘘となるのだから。


character design & base text @hasu_mukai

- ナノ -