ヒソク・ビャクロク


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園一年。
 空間を利用した舞台づくりが得意なクラス、アトモスに所属し、様々な役をそつなくこなすため、ピーコックとしてダッキー及びクロウを担当している。
 彼は、現在のルニ・トワゾでは唯一の日本人である。
 独創性を大切にするクラス、エグレットの担任教師のダリアの書く物語の大ファンであり、彼の作る舞台に憧れて役者を志したため、エグレットのクラスに入ることを強く希望したが、実際に所属されたのはアトモスであった。この結果に、ヒソクはクラス分け掲示板の前で一時間硬直した。
 また、幼い頃よりルニ・トワゾに入学することを夢見ていたため、日本語よりもこちらの言語の方が堪能。
 なお、本人はナイチンゲールを担当したいと希望しているが、それは今後の努力次第だろう。アトモスの担任、アンチックの所感では、「素質はあるね。だけど、器用なだけじゃあ主演は張れないかな。君の好きな個性の話だね。舞台の上でも個性を出していけるように、これから一緒に頑張ろう」とのことである。
 この穏やかなだけで容赦自体は一切ない言葉に、ヒソクは三日ほど体調不良になった。
 ヒソクには、妹が一人いる。その妹は彼の母国でアイドルとして活動を行い、国民的な人気を誇るらしい。彼は彼自身の家族のことを愛しているが、それと同時に、妹の話ばかりする家族たちに対して辟易していた。
 そして、そんな思いを抱える自分があまりに「普通」で許せない。
 けれども、母国を出た後訪れたこの国で、妹の話を一切聞かないことに、彼は安堵感も覚えていた。
 「普通」では誰にも見てもらえない、というのが彼の考えだ。
 しかし、それでは「普通」すぎる。彼は入学前、周りから浮かないように、と髪の毛の色を染め、カラーコンタクトを目に入れた。
 それもまた、「普通」すぎる。
 彼は、自分がエグレットに選ばれなかったのはその平凡さにあると思っている。
 けれども、そうではない。彼はエグレットに選ばれなかったのではなく、アトモスに「選ばれた」のだ。
 何故ならば、試験内容の一つ、その場にいる人間との即興劇で、自分を目立たせようとするのではなく、一歩引いて舞台に広がりを見せようとしていたのは、彼ただ一人だけであったのだから。

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