チェルシー・チャイナシー


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園一年。
 空間を利用した舞台づくりを得意とするクラス、アトモスに所属し、主にダッキーを担当している。
 父親に舞台俳優を持ち、本人もそれを誇りに思っている反面、自分に対して過度な期待をかける父に恐れも抱いている。
 彼の父親、チャコール・チャイナシーは、ある有名な恋愛小説を舞台化した際にその主演を務めたため、一時期時の人となるほどに話題となったが、それ以降は鳴かず飛ばずで、最近ではほとんど名前すら聞くことはない。
 チェルシーは、そんな過去の栄光に縋る父親に応えるように、ルニ・トワゾ入学前はチャコールの演技を真似、チャコールのように男役ばかりを演じていたが、入学直後、そんな彼の演じ方を担任のアンチックは「つまらないかな」と一蹴。新人公演では、クロウ希望のチェルシーの意向に反して、彼を名前付きのダッキーに抜擢した。
 彼は練習中、台詞飛びや棒読みが激しいため、自身には役者の才がない、と思い込んでいるようだが、彼の才能が開花するのはいつも本番の舞台に立った瞬間である。
 チェルシーは、本番にすこぶる強い。
 音楽が揃い、装置が揃い、美術が揃い、役者が揃っている完成された舞台の上で、衣装を身に纏い、そこでしかありえない位置に立つことによって、彼は初めて己の「役」を理解し、内面からの優れた演技を行うことができる。それは、彼の父親にはない才であった。
 ダッキーとして舞台に立つ。今までの己の演技を、生き方を否定する。
 それは何よりチェルシーが恐れていたことであったが、公演を終えた後の惜しみない観客の拍手の前に、何故だろう、彼の心は高揚した。
 そのとき、彼は無意識だが気付いたのかもしれない。
 スポットライトは足元ではなく、頭上からいつも照らしているということに。

- ナノ -