シルバー・シナバークォーツ


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園三年。
 空間を利用した舞台づくりを得意とするクラス、アトモスに所属し、主にスワンおよびナイチンゲールを担当する。
 入学当時から歌唱、ダンス、演技と類稀なる才を有していたため、彼が一年次に新たに設立されたエグレットに組分けられたが、一年次の夏に本人の希望によりアトモスクラスへと転入。
 ルニ・トワゾ入学前の彼の呼び名は、「錆びたシルバー」である。
 歌唱、ダンス、演技。その一つ一つを取ってみれば、彼は確かに大きな才能を秘めており、本人もそれらを伸ばす努力を怠ることはなかった。しかし、彼の評価はいつも大根役者の域を出ず、入学前に所属していた児童劇団では他の子役に揶揄される日々を過ごしていた。
 その理由をある日、彼は担任教師であるダリアに打ち明けた。
 シルバーは生まれつき、右目がほとんど見えず、更には右耳が難聴だったのだ。
 家族以外には決して打ち明けなかった秘密を彼はダリアに伝えると、自分は誰がどこにいるのかちゃんと把握することができていない、と己の問題点まで告げ、アトモスクラスへの転入を希望したのだった。
 それからアトモスへと転入をしたシルバーは、来る日も来る日も担任教師であるアンチックと共に空間把握の練習を続け、時には夜が明けるまで二人で幾度も幾度もテストを続けることさえあった。
 そして、二年次の春公演。
 シルバーは無数の台詞が様々な方向から飛び交い、ばらばらとしているように見えながらも役者の立ち位置が緻密に計算がされている舞台の上で、見事にナイチンゲールを勝ち取り、演じきってみせた。
 今はもう、誰も彼を「錆びたシルバー」などとつまらない呼び名で呼ぶことはないだろう。
 右目や右耳が治ったわけではない。
 ただシルバーは、舞台のすべてを頭に叩き込むまで練習をやめることがないだけだ。
 本番の舞台で目を瞑り、耳を塞いでいても、誰がどこに立ち、どう動き、いつ、何を発するのかさえ、彼は覚えているのだ。すべて。

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