アイビー・アービュータス


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園三年。
 空間を利用した舞台づくりを得意とするクラス、アトモスに所属し、主にレイヴンまたは名前付きのクロウに抜擢されることが多い。
 母に舞台演出家、父に舞台美術家を持ち、アイビー自身も幼い頃から舞台子役として両親たちの形作った舞台の上に立っていたが、十五歳の折、自身が初の主演となる舞台で台詞が飛んでしまい、舞台上で動けなくなる、という失敗をおかす。
 その失敗は彼の心に深い傷跡を残し、そこから彼は極端に「本番」を恐れるようになった。
 本番の舞台に立つことができないなら、役者でいる意味もない。そう思い詰めたアイビーは役者としての道を断つ覚悟もしたが、それでも彼は「受験料を払ってしまっているから」という理由を盾に、ルニ・トワゾの入学試験を受け、見事合格した。
 この程度の「本番」、されど「本番」を、彼は乗り越えることができる。学園はそう判断したのである。
 未だ失敗の傷跡がありありと残る彼に対して、アトモスの担任教師であるアンチックは、穏やかに、平然と、血も涙もなくこう言った。「練習が足りなかっただけだね。本番で飛ぶなら、本番で飛ばないようになるまで練習すればいいんだよ」。
 そうして三年となったアイビーは、アンチックの思惑通りに本番で飛ばないようになるまで練習を重ね、台詞飛びの一切ない役者に成長したが、しかしアンチックの思惑とは異なって、彼はアドリブの非常に得意な役者としても開花した。
 舞台は一人で作るものではない。本番中、彼は台詞の飛んでしまった他の役者に対して、驚くほど自然なアプローチをする。彼のアドリブを受けた相手は、必ず台詞を思い出し、それが観客に気付かれることもなかった。
 本番前、彼の脚は未だ震える。当たり前のことだ。
 大勢の前で視線を浴びながらも立つことを、恐れない者などいないのだから。

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