インディゴ・インクブルー


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園二年。
 身体での表現を得意とするクラス、クーデールに所属し、これまでの公演で幾度かスワン、或いは名前付きのダッキーとして抜擢される。
 物心つく頃から学園に入学するまでの間はバレエを習っていた。
 常にアンニュイな彼の口癖は「踊りたくない」。台本を眺めては溜め息を吐き、ぼんやりとどこかを眺めている様子がよく目撃される。
 けれどもひとたび音楽が流れ出せば、彼の意思とは反対にその身体は、脚は踊り出す。
入学前から持っていた元バレエダンサーらしい柔軟さと、入学後に頭角を現した元バレエダンサーらしからぬ荒々しさは彼の脚をクラシックからモダン、ラテン、ジャズと様々な音楽に対応させた。最近では自ら振り付けを考え、コンテンポラリーダンスを披露するまでに成長している。
 クーデールが用意する華やかなミュージカルには、最早彼の存在は必要不可欠であった。
 数年前、インディゴはバレエの発表会中に両親を交通事故で一気に亡くしている。
 そのため、彼は舞台に立ち、そこで踊ることに大きなトラウマを抱えている。自分が踊っている間に、大事な誰かがいなくなるかもしれない、と彼は考えているようだった。
 それでも彼は踊っている。踊ることがやめられないのだ。彼は何年も、何年も、両親が買ってくれたという青い練習靴だけを履いてダンスの練習をしているらしい。
 余談だが、入学試験ではインディゴに対してあまり食指の動かなかったエグレットの担任教師であるダリアは、今では大層インディゴを気に入っていて、幾度も「うちにおいでよ」と勧誘をしているようだが、そのたびに「友だち作り直すの面倒なので」と言って断られている。


『ヨアケインザウォーター』
 インディゴ・インクブルーが二年次の夏公演にてスワンを務めた作品。脚本はダリア・ダックブルー、原案はガーネット・カーディナルが考案。レイヴンは登場しない、スワンただ一人が主演の物語である。
 主人公は、その名の通りの操り人形である。操り人形演じるインディゴはまず、天井から垂れる巨大かつクリスタルが飾られて輝く吊り糸の動きに合わせて、さながらほんとうに操られながら踊っているかのようなバレエを披露する。周りのダッキーやクロウも同じように操られながら同一のバレエを踊る。
 しかし、ある日のこと。主人公の操り人形は、右腕に吊り糸が絡まり、そちらの腕だけ上手く動かせないことに気が付く。操り人形は、どうしてもその糸をほどきたい。操り人形の指先が、糸の動きに反して微かに空を切る。その動きは次第に多く、それから激しくなっていく。操り人形の爪が右腕の糸を切る。次に右脚。操り人形は左半身で未だにバレエを踊りながら、しかし右半身では全く別の、踊りとも言えないような動きをしはじめる。驚いた人形の操り主は手を離し、操り人形のインディゴはくずかごへと放られる。
 操り人形はくずかごから這い出し、路上を旅することになる。いつしか操り人形はバレエを踊ることをやめ、左半身の吊り糸もすべて引き千切り、どこを目指しているのかも分からないまま、コンテンポラリーダンスを踊り続ける。路上、人の手の上、ごみ捨て場、トラック。人形は踊りながら移動をし続け、自身を焼却場へと運ぶトラックの中からも這い出し、外へと飛び出す。飛び出したそこは空気の中であった。眼下には海があった。人形は水の中へと落ちる。そしてその不自由な自由の中で、朝日に燃える夜明けを見ることになったのだ。そこで物語の幕は下りる。
 踊っていない時間がない、と評されるほど、この舞台上でインディゴは延々と踊り続けている。インディゴ演じる操り人形及びダッキーやクロウ演じる操り人形たちには台詞は一切なく、聞こえてくる台詞と言えば、時折操り人形の頭上から響く「人間」たちの声のみである。静謐で、少し不潔で、自由で、不自由で、美しいこの舞台は、或る一定の人間の人生観を変えることさえあったという。

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