卒団及び鳥の鈴


 「鳥の鈴」とは、劇団ロワゾから卒団する役者へと贈られる記念品の通称であり、正式名称は「劇団ロワゾ御勇退記念銀鈴」である。
 ルニ・トワゾ歌劇学園の卒業生に劇団ロワゾへ入団する以外の選択肢があるのと同様に、劇団ロワゾに所属する団員たちにもまた、「卒団」という選択肢が常に設けられている。
 劇団ロワゾは団員たちが生涯役者であることへのサポートを惜しむことは決してないが、それでも役者がよい役者≠ナ在れる期間というのは人によって様々であり、ダンサー役者やスワン・ダッキーといった娘役の役者は特にその期間が短い者が多い。彼らは自分が最も輝ける峠を越えると、ダンサー役者であれば俳優役者に、スワン・ダッキーであればレイヴンやクロウにといったふうに役者として新たな場所へと飛び立つ者も多いが、だからといって役者自体を引退する──すなわち「劇団ロワゾを卒団する」という選択肢を選ぶ者が少ないわけでは断じてない。
 無論、そういった役者寿命とは全く異なる理由でロワゾからの卒団を選ぶ者もいる。それは身体的・精神的な理由のためであったり、或いは役者ではなく他の目標を見出したためであったり、それともロワゾから独立してフリーランスの役者になるためであったり、はたまた自身で新たなる劇団を立ち上げるためであったり、卒団理由は各々十人十色である。
 そうして様々な要因から劇団ロワゾを卒団することを選んだ役者はやがて、劇団との擦り合わせののち、ロワゾの役者として最後に舞台に立つ日を迎えることになる。劇団ロワゾでは事前に団員の卒団を発表することはほとんどない。千秋楽のカーテンコールにて団員の卒団と該当する役者が発表され、卒団者は現座長のレディバグ・レグホーン或いは卒団者の相手役から卒団記念品である「鳥の鈴」と共に、今までの功績への賛辞と新たな門出への祝辞を受け取り、観客たちへ別れの挨拶を述べる。そうして劇団ロワゾと観客たちに惜しまれつつも、彼らはまた新たなる目的地へと羽ばたいていくのである。惜しみない、拍手喝采に包まれながら。
 「劇団ロワゾ御勇退記念銀鈴」もとい「鳥の鈴」とは、鳥が実を啄むようなデザインをしたブローチである。実を模した部分のみが立体的な作りになっており、鳥が啄んでいるその銀色の実は揺れるたびにリン、という小気味好い音を奏でる。元々は病に臥せったスワン・スーダンが、窓を開け放って人を呼ぶときに用いたという木の実の形をした銀のハンドベルがモチーフになっており、レイヴン・レグホーンはこの音をスワン・スーダンの生前、ただの一度として聞き逃すことはなかったとの逸話も残されている。ゆえに、この「鳥の鈴」は鳥の声であり、それと同時に鳥への呼び声でもあるのだ。
 このブローチを身につける者が歩くたび、リン、という鳥の声がする。その声を聞いた者の中にははっとして立ち止まり、思わず後ろを振り返る者もいるだろう。だって、今しがたすぐ横を通り過ぎたのは、かつて翼を広げては大空を舞った、美しい鳥の一羽なのだから。
 だから、その音はいつまでも残り続ける。響き渡る。劇団ロワゾの内に、役者たちの胸に、観客たちの心に、舞台の上に、そして、物語の中に。

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