君は無敵だ


「踊り狂いたい、一晩中」
 「ああ」だか「うう」だかの間ほどの声色で、唸るようにそう呟いたガーネットは、通りすがる給仕からさながら財布でもくすねるようにロゼ・シャンパンのグラスを取る。そして手にした瞬間にそれを飲み干しながら、対面でローストビーフをもぐもぐやっているかつての教え子を眺めた。
「……先生、酔ってるでしょ」
「いや? 気分が好いだけだ」
「それを酔ってるって言うんですよ。絶対ペース速いし」
 なんなら食べるペースも軍人並に速いので、オリーブはすでに空になっているガーネット側の皿と、もう空にしてしまっているシャンパングラスを交互に見やって、ちょっとだけ眉を下げた。
「じゃあ、オリーブ。お前は今最悪の気分なんだな?」
「えっ。なんでです?」
「俺が酔うと相手は最悪の気分になるらしい。ちなみに俺も次の日最悪の気分になるから、俺が酔うことで得をするやつは一人もいない」
「……じゃあ、酔ってないってことでいいですよ、もう」
 話がお分かりじゃねえの、とガーネットは笑い、オリーブの方を向いたまま、また新たにシャンパングラスを給仕から取り上げる。早業すぎるそれに、おそらく給仕もトレイの上からグラスが一脚減っていることさえ気付いていないのではないだろうか。つと、ガーネットの指先がとん、とテーブルを叩く。一度、二度、数度。他者には苛立ちのサインに見えるであろうそれが、その実ガーネットが思考をするときの癖であることを彼の教え子はとっくの昔に気が付いていた。
「先生」
「ん」
「なんか付いてます? 俺の顔」
「や。書いてやろうかなと思ったんだけどな」
「え、何を?」
「ラブレター」
 オリーブが口の中にローストビーフを詰めたまま、咀嚼をやめてガーネットの方を見る。ガーネットはそんな相手にひらひらと片手を振ると、その手で気怠げに頬杖をついた。
「ま、何も思い付かないけど。やっぱ本気じゃないと無理だな」
「本気じゃないんですか?」
「本気じゃねえなあ。学園の外だと、そっち方面には。そもそも向いてないんだよ、今のクーデールの原案やるのだって頭の血管がお千切れ遊ばせそうだわ」
 言いながら、ガーネットは自分のこめかみを指先で軽く叩く。そうしてテーブルに乗っているグラスを視界に映すと、半透明の薄紅色の中で小さな泡が昇ったり弾けたりするさまをぼんやり眺めて、ぬるい瞬きの内にそれをぐいと飲み干した。
「俺はな、オリーブ。踊らせるより、踊らされる方がよっぽど好きなんだよ」
「……物語に?」
「さあ、どうだろう。それだけじゃあ、……ないかもな?」
 お子様には分からないだろ、と小さく笑って、ガーネットは睫毛を伏せる。瞼が重い。或いは、視線を動かして何かを見る、ということが億劫だった。いっそ目を閉じてしまうのはどうだ。喉元まで上っては外に出ようとする言葉をいつも、頭を介さないままに発することができたら気持ちが好いものだろう。ガーネットは息を吸った。彼はもう、シャンパングラスを取らなかった。
「あーあ、それにしてもお子様ってのはなんて好い響きかしら。俺も若返りたいぜ、あと十歳くらい! 俺とお前が同年代だったらどうなると思う、オリーブ? まずクーデールで役の取り合いになることは間違いないな。ああでも、先生……あ、俺の先生な、俺とはちょっと好みが違うから、お前、そしたら、クーデールじゃないかもだ。お前がクーデール以外なんて言語道断だが、アンチックもお前のこと欲しがってたし、あ、いや、違う。あいつも同年代になるわけか。あはは、とにかく。よかったなあ、お前、俺のタイプで? 感謝しやがれよ。そういえばこの間の公演、あれ良かったぞ。ちょっと泣けたわ。まあ脚本書いたやつはど変態だと思うけど。や、ダリアが変態なのは今に始まったことでもないが。ところで最近……」


2021/04/25

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