我らが非公開


「とにかく焦るな、マルヘル」
「……はい」
「お前は焦らない方がいい。時間はある。ないなら作ってやる。というかこの台詞量を用意したのはダリアだ。恨むならダリアを恨め」
「まあ、……はい。でも、何がどうなったらこの台詞量になるんですかね?」
「できそうもないやつを寄越せと俺が言った」
「しっかり言ってるじゃないですか……」
「おお、お前にしてはお声が小さいな。いつもならもっと大声で突っ込むところだ」
「いやだって今何時だと思ってるんです?」
「分からん。時間感覚がない」
「うわ……」
「ま、お前は見た目に反して頭で考えるタイプだろ。まずは一個一個の台詞と動きを覚えることに集中する。お話はそれからだ」
「見た目に反して?」
「失礼。見た目通りに」
「先生はこれ、全部覚えてるんですよね?」
「ああ、覚えてるな」
「どれくらいかかりました?」
「サバ読んでいいか?」
「いやだめに決まってん……決まってるでしょう。こっちは真面目に聞いてるんですよ」
「前半と後半で一週間ずつはかかった。二週間ちょっとくらいか」
「三日とか言い出すのかと思いましたよ」
「バケモンどもと一緒にしないでくれよ。こちとらまだお人間様辞めてないんだわ」
「そこからは?」
「台詞と動きさえ身体の中にあれば、後は自分の中にある役のイメージが明確になるよう精査していくことに集中できる。自分を少しずつ捨てていく感じだ、分かるか? 中身を空っぽにする。別の人格を入れる容器を用意する。中々入ってこないこともあるだろうが、いいか、やってればいつか入る。必ずだ。台詞と動きがすでにできているということは、半分は入っている、と考えていい」
「半分、」
「そう、半分だ。マルヘル、まずは半分作ってみろ。五割だぞ。なんだかできる気がするだろう、五割なら」
「そう、……そう、ですかね……?」
「返事ははいかイエス」
「はい」
「よろしい。お前がこれを演じるに当たって、違和感や面白くないところがあったら言うように。必要があれば台詞の変更が出てくるかもしれない」
「台詞の変更? いいんですか?」
「結構。ダリアはそういうところには寛大なんだよ。あいつは自分の腕を信用してるが、役を手に入れた役者の生の声っていうのもまた信頼している」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。舞台っていうのは──」
「一人で作るものじゃない、でしょう」
「その通り。俺たちはダンサーではなく、役者であるわけだ」
「先生」
「ああ」
「この間の公演、凄まじかったですよ」
「ああ、あれか」
「踊りたくなりました。あいつもそう言ってた」
「俺はな、マルヘル」
「はい」
「初めて車椅子に座ったとき。ほんとうに丸一日踊れなかったよ。動けなかった、おそろしくて」
「……そういうもんですか」
「踊れなければどこにも行けない。踊れなくなったら、俺は自分の首を絞めると思うよ。ルロみたいに」
「え? でも、ルロは、」
「自分の首を絞めていたよ、あいつは。たぶん、お前にも分かるさ。あの車椅子に座ってみたなら」
「まさか。俺のこと、買い被ってません?」
「うちの大事なレイヴンさまを評価しなくてどうする。今回の役だって、お前ならできると思ってるから指名してるんだ。くく、これは内緒のお話だぞ、マルヘル。他言したら、……プチッ、だからな」
「なんの音ですか、それ……」
「さてね。ご想像にお任せしますが」


2021/05/03

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