日々、徒然
朝、日差しを受けて目を覚ます。
和らかい、暖かな温もりを離したくなくて、夢と現を微睡んでいると。
ふわり、頭を撫でられて。
優しい手つきに、夢よりも望む愛しい人が傍にいることを頭が少しずつ理解する。
「おはよ、つな」
今、この瞬間。きっと誰よりも俺が幸せだと思う。
世界を始める刹那に泣けるほど好きな人が目の前にいるなんて。
「おはよう、びゃく」
笑えば、笑い返してくる幸せに浸りつつ。
「びゃくはいつも俺より早起きだね」
ひとつのベッドにひとつの枕。
まだまだ小さい俺達には十分なスペースだけれども、ぴたり、傍によって。
こんな近過ぎる距離だと、隠したい浅ましさも下心も全部全部伝わってしまう!
「つなの寝顔見るためにね」
「ぇ………毎日?」
「だって飽きないんだもん」
ほらよだれーとくすくす笑う白蘭に、さっきまでの幸福感は飛んでしまって、代わりに羞恥心が顔に出て。
「まっか、かわいい」
ちゅ、と啄まれた。
こんなとろけるような情事が続けばいいのに、とは心底思うけれど、そうも言っていられない。
「そろそろ準備しよっか」
「一時間目なんだっけ」
「算数じゃなかった?」
………学校に行かなければ。
(だって子どもなのだから!)
「「いってきまーす」」
朝ご飯もそこそこに、玄関を出る。
「つな、手」
「うん」
手を繋いで通学路を歩く。並盛小まで続く街路樹が赤、黄色と色鮮やかに変わってはらはらと舞い落ちる。
昔は何とも思わなかったこの景色を、綺麗だなぁ、と思えるのは、情緒を理解出来る記憶を所持しているから?
それとも君が隣にいてくれるから?
「月が、綺麗ですね」
紅葉を見上げていた白蘭が急にそんなことを言うものだから、驚いて握った手に力が入ってしまった。
「まだ月は出てないよ」
当然の俺の返事に白蘭はふふ、と笑う。
「でも、そういう感じでしょ」
あぁ、もう。
俺たちに当たる風はとても冷たいのに、頬が熱くて堪らない。
なんで分かるの、と問えば分かるよ、と紫色の宝石を細められた。
不思議、不思議!
一緒にいる時間が増えれば増えるほどもっともっと好きになっていく!
この消えることのない気持ちは底を見ることさえ叶わない。
『5-2-4ですか?』
「違う、5-4-2」
授業は専ら馬耳東風。
俺は通信機を使って競馬予想が主。この身体では行けないから桔梗相手に資金を稼いでもらっている。
下の奴に頼めば?と言えば綱吉様の超直感で当てる大金は大金過ぎますので目が眩んではいけませんので、と断らわれた。
一体いくら賭けてるんだか!
一方白蘭はというと。
カタカタと教科書の陰に隠れてパソコンを弄る。
知識を駆使して資料を作っているらしい。何の、と問えば“大企業、もしくはこれから伸びてくるであろう中小企業に対して”だとか。
簡単に言えば『この通りにしたら確実簡単に儲けちゃうよ☆』な企画書。
表社会での“ミルフィオーレ”は企業に対してのアドバイザーとして地位を確実に築き上げている。
皆が皆、このアドバイザーを他社に知られるのは嫌がるために、独占的に、密やかに信頼を勝ち得ていった。
今やもう世界を支える大企業で“ミルフィオーレ”を知らない人は皆無だ。
逆に中小企業でその名を知る者がいれば、“ミルフィオーレ”に認められている、と見なされ世界から契約を求められるほどの威厳が表社会の俺らにはあった。
『つな、メールきた』
教科書の陰に隠したパソコンのメール受信欄に新しく白蘭からのメールが入る。
授業中だもんね、静かにメールで意志疎通を図る俺らってきっと先生に優しい、はず!
『どこから?』
『この前のドイツの建設会社から一通、“仰ったとおりの場所に設計したビルは無事建設が終わり相手方に喜んで頂きました。ありがとうございました。私共が予定していた以前の場所は他の会社が設立したのですが、驚くことにあなた方が仰ったとおり地盤が崩れ目も当てられぬ状況……本当に感謝しております。また宜しくお願い致します”だって』
『よかったじゃん』
『もう一通はイタリアの企業から依頼のメール』
『ボンゴレがいる限りイタリアの企業には手を貸しませんって言っといて』
『とんだとばっちりだね、りょーかい』
かたかた、キーを打つ手を止めた。イタリアには何の罪も無いけれど。
彼奴等がいる限り財政は潤って欲しくないんだよね。
「おーい、この前のテスト返すぞー」
壇上に立つ担任が声を張り上げて1人1人の名前を読み上げて、テストを返却していく。
「沢田、綱吉ー」
「はい」
自分の席に戻って点数を見直す。
「どーだった?」
「ん、いつも通り」
88点、88点、88点、88点、88点。
「ふざけすぎでしょ」
クックッと笑う白蘭はオール100点だ。
最初の頃はダメツナを装ってみたものの、「それじゃあ前の生と変わらず家庭教師が来ちゃうんじゃない?」と相方の言葉により路線変更を試みた。
クラスの平均より上位はキープしつつ良すぎもしない。
逆に白蘭は天才路線でいくとのこと。
「だってそれなら勉強は僕が教えればいいってことになるしね」と宣った白蘭の黒い笑顔にきゅん、と胸が高鳴ったのはここだけの話。
休み時間、授業、休み時間と繰り返して給食、昼休み。
(ブランコで遊ぶのは鉄板!)
午後の授業を受けたら後は家に帰るのみなのだけれども。
帰る前に少し寄り道。
「あれ?また人増えた?」
ここはミルフィオーレの隠れ家。っていうか未来で俺が造るはずのボンゴレ基地の場所にミルフィオーレの基地を造ってしまった。
(早い者勝ちでしょ!)
「スカウトは順調みたいだね♪この調子で頑張ってよ」
「ははっ、白蘭様」
人を増やして、財を増やして。ミルフィオーレがどんどん大きくなっていく。
大きくなる組織の1人1人があらぬ方向を見てしまわないように心を紡ぐのが俺と白蘭の仕事。
「みんな、大変だろうけど一緒に頑張ろうね」
「ははっ、綱吉様」
花の名の家族を愛でれば、偽物の家族の元へ帰らなければ。
「「ただいまー」」
「お帰りなさい、ツっくん、ビャッくん」
ご飯、お風呂と寝る準備を済ませたら、早々に布団へ潜り込む。
「今日も1日お疲れ様」
「お疲れ様」
おでこをぴとりひっつけて、労りの言葉を掛け合う。
あぁ、繋いだ手が暖かい。
「明日も頑張ろうね」
「うん、一緒に頑張ろう」
暗闇の中、お互いの温もりと吐息を肌で感じながら目を閉じる。
おやすみ、と口付けを交わせば1日の幕が下りた。
握った手が、離れないように。
ゆっくりゆっくり落ちる瞼に、そう祈って。
俺らはまだ見ぬ明日を心待ちに、世界を閉じた。
いつかのみらいのために
(戦いの準備をしなければ)
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