逢引は真夜中にて



息が、白い。

はぁ、と熱を外に逃がせば冷気によって白くその形を表す。

震えるほど寒いわけじゃないけれど、独りきりという状況がなんとなく寒く感じた。


空は、雲一つない満天の星。月も美しく輝く最高の夜空が俺の頭上に広がっている。

今日、この日じゃなければ嬉しかったのだろうけど。


出来れば今日は曇っていて欲しかった。
この月明かりでは姿が見えてしまう。




「あいつ、本当に来るのかな…」



チッ チッ チッ チッ


時計が、時を刻む。

もうすぐ、約束の12時。




「来なかったら…」


どうしようか。

ひとり、ひとりで行くしか。



「ひとりで、行けるかな…」


ため息が、暗闇に溶けた。














「逃げようか」


それは、突拍子もなく、けれど頭の片隅にあり続けた言葉。


バス停のベンチに座って、横顔が夕暮れに染まる。

お互いの家の丁度真ん中に位置するこのバス停が、俺達の待ち合わせ場所でもあり、別れの場所でもあった。


夕闇に別れの時間が近づいているのを薄々と感じているときだった。


「うん」


俺の短い返事に満足そうに笑う彼は、「じゃあ今夜12時にここでね」と帰ってしまった。


ただ、それだけだった。

そんな、冗談みたいな会話を、俺は鵜呑みにした。


他の人が聞いたら笑ってしまうかもしれない。

何を言っているんだ、と一蹴するかもしれない。



それでも、彼を疑うなんてことは有り得なかった。

親友でもない、家族でもない、ましてや恋仲でもないお互いの関係はなんて言ったらいいか分からないけれど、惹かれているのは確かで。



闘いが終わって、少しずつ話をして。距離を少しずつ狭めてきた日々。

幸せな、不安定に揺れる愛しい時間を止める言葉。



それが、あんな簡単な言葉でも。


それが、俺の行く先を決めてしまうものだとしても。












「待った?」





しゃくしゃく。


「………なぜにアイス」

脱力して聞けば、僕アイス好きなんだよねーとにこり。

見ているだけで寒い。


「はい」

冷たいアイスとはかけ離れた温かいココアを渡された。

ありがと、と受け取れば、その手を引かれベンチから立ってしまった。

そのまま、勢いよく彼の元へ。


「……遅いよ、白蘭」


そっと両手に顔を包まれて。
驚いて見上げれば、優しい瞳がふたつ。


「冷たいね、ごめんね」


待たせたことに詫びを入れてくれたけれど、恥ずかしくてついつい視線をゆっくり外す。

外した視線の先、俺の顔のすぐ横に食べかけのアイスがあるのに苦笑して。


(ムードが台無し、だ)



ぽい、と食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に投げ入れて、振り返った白蘭は、俺の手を強引に絡めた。





「行こうか」



最終のに乗るよ、と駅の方へ歩みを進めようとする。


それを、制止して。



「いいの?」

「何が?」



「後悔、しない?」


俺と一緒に逃げること。




その言葉に、一瞬きょとん、としたけれど、すぐさま笑みを戻して。



「綱吉クンは一緒に逃げるのが僕ってこと後悔する?」


「……しないよ」


絶対ないに決まってる。

それどころか、嬉しい、なんてそんな場違いなこと考えてるよ!


「そうでしょ、なら僕も一緒だよ」


隣が君で。

この繋がる手の先が君なんて。


嬉しくって、でもなんだか悲しくって、幸せだよ。





未来から帰ってきて、白蘭とも少しずつ和解してきた頃。

突然宣告された離縁状。

簡単に言えば俺はボンゴレ十代目なんかじゃなかった。

そう、最初から。


影武者として育てるつもりが力を付けすぎて本物の存在を脅かす、とされての離縁状。


偽物ならば、と皆俺に背を翻し本物の下へ走り去ってしまった。

なんと驚くことに父さんも母さんも知っていたんだと。

そして、力を付けすぎた俺は存在そのものが十代目への不敬だとして離縁したくせにボンゴレへの忠誠を誓わされ。

本物は偽物が気に入らないらしく、俺の存在そのものを無視させた。

組織から、守護者から、家族から。



そう扱わせておいて、高校卒業と共に本物の代わりに最前線で戦わされる、と。





そして白蘭。

未来の彼がしでかしたこととは言え、罪人の彼はボンゴレに拘束された。

未来の罪を償えと。


鎖で繋がれて、重い重い鉄格子の部屋。

見張られて、自由のない日々。


その背中に生えた羽根は自由に空を飛びたかっただろうに!



そして何週間か前、彼は逃亡して。密かに生を育んでいる。

ボンゴレからの執拗な追っ手から隠れ、逃げる毎日に。


ため息をついたのはいつのことだったのか。



ボンゴレから逃げて、安息の日々を勝ち取りたい。

ふたりの願いが重なることは必然だった。















片方だけだった繋がれた手を、両手ともお互いに絡めて。


寒かったはずの体温が、繋がれた手を中心に急上昇していく。


「大体、綱吉クンは勘違いしてる」


形のいい薄い唇から、白い息が吐かれて。

あぁ、魅とれてしまう。



「逃げようって言ったのは僕自身のためだよ」


勿論、君のためでもあるけれど。


「遠くへ逃げる準備は前々から整ってたんだ」


「ぇ」


「でも、足が進まなかった」



ふるり、と睫が震えたけれど。黙ってその言葉の続きを促した。







「ひとりじゃ、さみしくて」




――――だから、一緒にきてくれる?







ごめんね、我儘で。



いつもは強引なクセに、大事なところで弱気になる彼に一層胸が焦がれて。


そんな我儘、俺のための戯言だなんて分かりきった彼の優しさが嬉しくて。



なんで俺を選んでくれたの、と問えば君以外に誰を選べっていうの、と真剣な顔で言われたものだから、笑うしかない。



「じゃあ白蘭、連れてってくれる?」


「モチロン、離れないでね」




ふたり、駆け足で。

最終電車に乗るためにホームへ走っていった。




(知ってる?白蘭)


(何を?)




(世間ではこういうのをね、)





ふたりのあいのとうぼうげき
(駆け落ちっていうんだよ!)






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