沈みゆく灯火


傍に寄る。

一歩、二歩。


不安は確信に変わって。


白い部屋に機械だらけのベッドの上に横たわる、彼は。

俺の、俺の唯一の。



「…………びゃくッ!!!」



青白い、彼の顔。元々血色が良かった訳ではないけれど、生気が感じられない。

口元に耳を近付けて、息を確認すれば、まだ生き長らえていることに安堵する。

早く、逃がさなければ。
彼奴等に気付かれる前に、と白蘭の身体を見渡して。

した、けれど。




―――――――足が、ない。




ぇ、まさか、そんな。

逃げない、ように?


嫌な汗を拭いつつ、手で触れて確認するけれど。どう見たって、どう触ったって無いものは無い。

身体を隠す布をそろり、どけて。

「ぅ、あ………」


何度、何度この身体に刃を入れたのか。
何度、何度その度に縫い付けて。

綺麗に縫合してるとはいえない荒い縫い目から膿が溢れ出でて。

腕には無数の注射の跡。一体、彼の身体に何を入れたの?



傷だらけ、傷だらけ。

「びゃく」


音が、聞こえない。自分の荒い息遣いと、五月蝿い心臓の音が世界を支配する。


「びゃく」


起きて、ねぇ、起きて。
あの、綺麗な紫が見たいよ。

ねぇ、名前を、呼んで。
優しい、声で満たして欲しい。

そうしないと、自分の心臓の音で潰されちゃいそうだ!



「…………びゃくッ!!」





そっと、右手に重なる温もり。その温かさに驚いて目を向けると、白い、大きな手が俺の手を包んでいた。


「、つな」


弱々しい、声。なんて、儚いの。消えちゃいそうな声、でも嬉しくて嬉しくて堪らない。


「びゃく、ごめん」

ごめんね、と謝り続ける俺に、なんでつなが謝る必要があるの、と窘められて。

「僕が勝手にしたことだよ、君が負い目を感じることじゃない」

でも、過去の俺が、と続ける俺に、あぁ、と目を瞬かせて。


「……君は強かったよ」


怖いくせに、仲間のためと鞭打って戦うその姿勢は。

とても、綺麗だった。

けれど、嫌いだった。


僕のことを知らない君なんて。

だけど、君は君でしかないから。



「傷つけることなんて、出来なかったよ」



そう柔らかく笑う白蘭に、さらに涙が溢れて。


もう、いっそのこと殺しちゃえばよかったんだよ!

過去の俺なんて。


お前のことを知らずに傷つけちゃうなんて、そんな馬鹿な俺なんて!




「逃げよう、びゃく」

今なら、まだ間に合うよ。
誰も、誰も知らない土地へ赴いて、静かにふたり暮らそうよ。


無理だなんて頭の片隅では分かっているくせに、そう彼に問いかけた。

ねぇ、なぜ俺達は普通の幸せを願ってはいけないの?



「ごめんね、つな」


僕はもう無理だよ、と重ねた手の力が少し弱くなる。



言わないで、言わないでよ。

俺の能力を忘れたの。


そんな、分かりきったことを今更言わないで!



「つなが来てくれるだろうと思ってこの時間だけの分、炎を残しておいたんだ」

その炎も、あと残り少し。


「これを、渡さなくちゃと思って」


重ねた手から、ころり、手のひらの上に何か落ちてきた。


「ボンゴレリング、とマーレリング…!」

俺と、白蘭の。
世界の柱となる力の源!


「彼奴等に渡すのだけは嫌だったからね、頑張って隠してたんだ」


つなに、後は任せるよ。
煮るのも焼くのも好きにしちゃって。




少しずつ、少しずつ白蘭の目が閉じていく。視線が絡まる時間の間隔が短くなっていく。


あぁ、もう逝ってしまうの。


「びゃく」


ねぇ、分かって、

出逢えて、嬉しかったよ。幸せだった。
けれど、出逢わなければ、こんなことにはならなかったと後悔してるんだよ。

感謝と、懺悔の間で行き来する俺の心は、それでもお前の傍にいたいと叫んでるんだよ!


分かって、分かって、分かって!


混沌としたこの想いを伝える言葉はひとつだけ。





「愛してるよ、びゃく」



だから、

だから、



「一緒に、逝っても、いい?」



だから、置いて逝かないで!





白蘭は、涙でぐしゃぐしゃの俺の顔に触れようとして、それ以上腕が上がらないことに気付いたのか、再び手を重ねて。


「君が心からそう願うのなら止めないよ」

無理して“君だけは生きて”なんて毛頭思ってはいないし、寂しいから“一緒に死んで”とも言うつもりもない。

ただ、君の心が安らかになれる行き先がそこならば。

君の手を引いて導くよ。



「待ってるからね」

「上でゆっくりお茶でもしような」

「下かもしんないよ」

「そしたら過ごしやすいように鬼共を退治しといてよ」


くすくす、場にそぐわない軽口を叩いて。





「愛してるよ、つな」



最後の、口付けを交わして。

どちらのものか分からない涙が、生気を失った彼の頬を伝った。








さぁ、彼奴等に気付かれる前に。
逃げなければ、一生手の届かない場所へ。


両手に炎を灯して。
彼の身体を灰に帰して。

全部、全部、髪一本残さずに。

彼奴等に渡してなんかやらない。彼の力が欲しかったのだろうけど、そんなことは許さない。

俺のことはよかった。俺だけにしてくれれば。

彼に、手を出すなんて。


もっと、早く見限ればよかった。そうすれば、そうすれば。

彼とふたり、今頃は幸せに過ごしていたかもしれない。


言葉では拒絶していたけれど、心の奥底で彼奴等をまだ信じていたんだ、と気付くのは今更。

信じていなければ、もっと早くどうにかして逃げていた、はず。


馬鹿だ、本当に、馬鹿だ。

大切なものを守る術を見失っていた!








近くにあった小さな壺を手にとって、灰になった彼を閉じ込めて。

灰と一緒に、ふたつの指輪。


輝くそれは、俺達と一緒に歩んだもの。



「…ごめんなさい、初代達」

そして、マーレリングに封じられている意志達。




一緒に、壊れよう?






骨壺を抱いて、辿り着いたのはあのお気に入りの海が臨く小高い丘。



「今から、逝くからね」




この世界が壊れたら。
きっと、きっとふたり笑えるはず。

天国でも、地獄でもいいよ。
彼と、傍にいれるなら。


生まれ変わりでもいいよ。
全くの別人でも、例え人の形をしていなくても、きっと、お前は俺を見つけてくれる。



さよなら、さよなら。

この世界を愛せなくてごめんなさい。



旅立った先に、幸せな場所を描いて。




俺は海へその身を堕とした。




しあわせなそらをゆめみて
(けれど世界は許さなかった!)






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