音にならなかった愛


「俺の愛は気付いてもらえませんでした」



ざぁざぁ。

梅雨も明けて気持ちのよい天気が続いたと思ったら台風の影響か、ここ数日は雨が酷い。

こんな雨の中、バイクを走らせるのも億劫で、ゆったり部屋で寛いでいた。

彼は今、どうしているだろうかと。想いを寄せながら。

強い彼のことだ。
身体的に心配はいらないけれど、意外と繊細な彼の心は傷ついているのかもしれない。

そんな弱っている時に奴が彼の心につけ込んだら。

ああ、ムカムカしてきた。
その時。

「失礼します」


襖の向こうから女中の声。どうしたの、と問えば「彼の方がいらっしゃっています」、と。

もう陽は落ちるというのに。この大雨の中、訪ねてきたというの。

足早に玄関へ向かい、戸を開ければ。水も滴るいい…とは言いづらいほどびしょ濡れの彼が佇んでいた。

暗くなり始めた景色に、彼の表情は映らない。


「綱吉」


呼び慣れたその名前を口にすれば、にこり、綺麗に笑って。

愛に気付いてもらえなかった、と宣った。


「…だから言ったでしょう、彼らは聡明じゃないって」

「雲雀さんの言うとおりでした」


「君は愚かだ」

「確かに」


「なんでもっと早く気付かなかったのさ」

「……ごめん」


泣くなよ、と手を握られて、初めて自分が泣いていることに気がついた。


「……泣いてない」


涙が零れないようにぐっと眉間に力を入れて彼の手を引いた。
風邪を引くから、と風呂に誘導して。



くそ!まさか泣くなんて!

別に、彼が裏切られたからとか、傷だらけだからとか。そんな同情的な気持ちじゃない。

彼奴らを彼の心に一時的にでも住み着くことを許したことが。

悔しい。

なんて不甲斐ないの!



どうせだからと、一緒にお風呂に入ろうと誘われて。服を脱いだところでまた驚いた。

「なに、それ」

そんなに、酷くやられたの。と問えば。

「だって、受けとめてあげるのも愛かと思って」

銃痕に刀傷、火傷の跡。様々な位置が赤紫に変色し化膿している。

馬っ鹿じゃないの!と怒ればへらへら笑いやがった。

この子は僕なんかよりずっとずっと強いくせしてあの理不尽な暴力をわざと避けなかったというの。

ああ、もう馬鹿だ。
そんな彼に心底惚れている僕も馬鹿だ。



がらり。

湯煙が外気に浚われて、檜の香りが漂う。

彼と風呂に入るのなんて何年ぶりだろうと過去を振り返りつつ、湯船に浸かって一息。


「気持ちいー」

「気持ちいいね」

「気持ちいいですね」


どごぉっ

くそ、避けられた。

「雲雀くん、君は風呂にまでトンファーを持ちだすんですか」

とんだ変態ですね、と青髪の気色悪い髪型の男が宣う。

綱吉の身体を舐めるように見てるお前だけには言われたくない。

「六道、どうやって入ったのさ」

「雲雀くんのお友達ですって言ったら通されましたが」

もう何十年もの付き合いになるんですから今更でしょう、と鼻で笑われた。

綱吉がいなかったらすぐさま縁を叩き切ってやるのに!!


「骸、どーしたの」

綱吉は奴の急な登場に慣れているのか、平然と聞く(たいした度胸だよね)。


「君が彼らに見切りをつけたと風の噂で聞きまして」

嬉しくってとんできちゃいました、とにこり、綱吉に笑いかける。ああ殺したい。

六道の笑みにつられたのか、ふふ、と笑って。


「三人揃うのも久しぶりだね」


昔みたいに流しっこしよっか!とはしゃぐ彼に。2人とも閉口したのは言うまでもない。

三人揃うことでこの笑顔が見れるなら、くだらない喧嘩をするのは勿体無いよね。


「じゃあ、お言葉に甘えて、ねぇ雲雀くん」

「そうだね六道、僕らの気持ちを少しでも解ってもらおうか」

「ぇ、気持ちって……」



ぎゃ――――――――!!!!!



風呂場に響く叫び声は、声の主が逆上せるまで続いたとか続かなかったとか。





「もうなんなんだよ…」

ぐったり、はだけた浴衣をそのままに畳の上に寝転ぶ綱吉に珈琲牛乳を渡しつつ。

この子ほんと分かってるのかな?僕ら2人の好意に。分かっててその格好ならかみ殺したい。

「僕らが怒ってるっていうことが伝わればいいと思いまして」

隅々まで洗わせていただきました。

「ぇ、俺に怒ってんの?」

彼奴らじゃなくて?と首を傾げつつ珈琲牛乳の蓋を開けた。


「そりゃそうでしょ、何が楽しくて大事な幼なじみを大人しく傷つけられなきゃいけないのさ」

「君は手を出すなと僕らに言いますし」

この歯痒い気持ちをどうしようか!


「だって気付いてくれると思ったんだもん」

2人みたいに。

口を尖らせてそう呟く彼の睫毛は微かに震えていて。




沢田綱吉はボンゴレボス10代目。それは幼い頃から決まりきったこと。

その頃から3人傍にいて。
(正しくは綱吉の傍にいた2人、になるけれど)

まだ幼いボス候補を狙う刺客は3人でなぎ倒して。彼の笑顔を守るためならば、と手を赤く染めて。

ずっと傍にいれば分かってきたのは彼が『愛』を理解できないこと。


―――どうして、まもってくれないの。どうして、きづいてくれないの。おとうさんと、おかあさんはおれをあいしてないの。おやは、こをあいすものじゃないの。

あいってなんなの。


綱吉を恐れて刺客を見てみぬふりをする両親をもってしまった彼が、焦点の合わない目でそう嘆いたときに、気付いてしまった。

六道とふたり、彼を抱き締めて。
誓うことは。

絶対、ずっと傍にいる。
絶対、裏切らない。

絶対、この心は守りぬく。



親に見捨てられた琥珀色と、大人達に弄ばれた藍色と、畏怖されひとりきりの烏色と。

力を持ちすぎた子ども達は手を繋ぎあった。


僕達は、他人と上手く距離を保って過ごしてきたけれど、中学にあがりあの家庭教師が来た頃から歯車が狂ってしまった。

問題は、同居人だった。あの母親は同居人に愛をばらまいた。綱吉にはひとかけらも与えなかった、その愛情を、見せつけるかのごとく同居人に接したのだ。

綱吉は、今更両親に愛を請うことはしなかった、けれど、けれど。

その想いのベクトルをボンゴレつながりの彼奴等に向けてしまった。初めて出来た僕らとは違う『友人』は、もしかしたら愛をくれるかもしれないと。

だから進んで彼らの織りなす茶番に付き合った。彼の直感と力があれば全部簡単に避けられること。

僕ら2人は綱吉の世界が開けるなら、と見守ることにした。危ないときには手を貸しつつ、仲良くなる彼らを見て安堵していた、のに。

1人の女が転入してきたところ事態は急変した。その頃綱吉は僕ら2人以外の守護者をボンゴレから遠ざけようとしていた。まだ、間に合うと。真っ当な光の下で生きて欲しいと。

せっかく仲良くなれたのにいいんですか、と六道が尋ねれば、「これが俺の愛のかたち」と笑った。愛を理解できない少年は、愛するふりが上手になった。

分かってないくせに、愛を囁く彼は端から見ていてとても滑稽で、愛しかった。


それを利用したのがその転入生。なんとボンゴレの血縁者だと。その女は十代目の座を狙い、言葉巧みに綱吉を貶めた。

綱吉から距離を置かれていた僕ら2人以外の守護者は彼女の言葉を真に受けて、遂には彼女の守護者になったらしい。


「結局進んで陰の世界に足を踏み込んだのは彼奴等じゃないですか」

「折角綱吉が止めてくれたにもかかわらず」

愚かとしか言いようがない。

彼奴等は彼女を十代目に、と粋がってるが、それも可笑しな話。綱吉は“候補”ではなく“十代目”なのだから。ボンゴレ上層部と僕らしか知らない機密事項だけれども。

歴とした裏切り行為。


「馬鹿だね、綱吉」

―――僕らの愛で満足しときなよ。


「だって、いっぱい愛されたかった」

そうすれば、愛を理解できたかもしれない。
そうすれば、お前ら2人に正しい愛を心から伝えられたかもしれない。

愛するふりをしすぎたせいで、何が愛で、何が演技なのか判らなくなっちゃった。


「馬鹿ですねぇ、綱吉くん」

「…お前ら馬鹿馬鹿言い過ぎ」


君の愛は僕らに伝わってるからいいんです。

僕らにだけ、伝われば。




六道が、綱吉の気持ちを僕達だけにくれ、と曖昧に伝えれば、理解できたのか泣きそうに笑った。


「彼奴等には光の下に出て欲しくて突き放したけれど」

「お前ら2人はごめんけど巻き込むね」


――――大事だから、傍にいてね。



綺麗に綺麗に笑う彼に、ふたり笑みを零して。

そう、それでいいんだよ。君からの愛を藍色と烏色で半分こ。それで上手くバランスがとれるんだから。




「…じゃあ制裁にいってきますね」

精神世界に。

「僕はリング取り返しにいってくるよ」

襲撃して。



「……いってらっしゃい」


止めても無駄だと分かってるのか留守番の姿勢を貫く彼に手を振って。




さぁ、取り返しにいこうか。

彼奴等が彼の愛に気付く前に。形となり得なかった愛を消し去ってしまおう。

だって、もともとは僕らのものなのだから。


あとおまけにリング。


精神世界で六道がどれだけ痛めつけているのだろうか、と胸を踊らせて、僕は夜の街に消えた。




たくさんあいしてあげるから
(君は僕らだけでいいんだよ)






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -