死に笑う
世界から急に蹴り落とされてしまった。
何故そうなったのかは分からない。「沢田綱吉が女の子を殴った」と噂が急に立ち始めて。
名前も顔も知らない女の子の傷が増えるにつれて、疑惑の視線が徐々に確信めいてきて。
初めは何の冗談だ、と笑っていた山本や獄寺君も、少しずつ離れていって。
リボーンや母さん、父さんまでが俺の言い分なんて聞いてはくれず、口を開けば『謝ってこい』と。
制裁という名の暴力に、傷だらけになっても見ても見ないふり。
気付けば味方なんて1人もいなくて、守護者は自分の獲物を使う始末。
それでも、自分の力は奮いたくはなかった。大空のリングは、汚したくは、なかった。
けれどリングも奪われて。
部屋の片隅で暴力に震える日々を送っていた。
誰も信じてはくれない。
誰も手を差し伸べてはくれない。
誰も、だれも。
生きている、意味はあるの?
死ぬのは怖い。
でも、生きるのはもっと怖い。
誰も、誰も助けてくれないなら、天に助けを求めようか。
絶望に胸を染められて、死ぬことに希望を見いだし始めていた、ある日。
何か、心がざわめいた。
何だろう、分からないけれど窓を開けておかなければ。
誰が入ってくるかは分からない。もしかしたら雲雀さんや、骸、ディーノさんとかが入ってきて制裁をするかもしれない、不用心さ。
もしかしたら、超直感は俺をこの窓から逃げろといっているのかもしれない。
だけど、それは無理な話で。
食事も睡眠も十分ではなく、立ち上がるだけで眩暈や吐き気が襲ってくる。
あぁ、ほんとは逃げたいよ!
「綱吉クン」
聞き覚えのある声が急に聞こえてきて身体が震えた。
まさか、まさか。
あの開けた窓は彼の為?
『びゃくらん』
未来で戦って、現在ではアルコバレーノの為に背中合わせに共闘した、ミルフィオーレのボス。
何度か会った彼はとても優しかったけれど。
自分を負かせた男が女を苛めていると聞いて怒りに来たのかもしれない。
また、拳を俺に振るうの?
急な問いに、白蘭は驚いた顔をしていたけれど、少し考えた後、信じて欲しい?と逆に問われた。
そんなの、当たり前だ!
そんなこと、聞いてくる人なんていなかった。
俺の言い分、なんて塵にも等しくて。
もしかしたら、もしかしたら。
涙が零れそうになるのを必死で留めて、喉は潰されて声が出ないけれど伝わるように。
ねぇ、信じて!
そう叫んだ瞬間、身体が宙に浮いた。抱きかかえられている!
何かされる!と思って身を固くしたけれど、嫌な顔ひとつせず、心残りの有無を俺に尋ねてきた。
そんなの、あるわけない。
もう、俺の存在ごと燃やしつくしてしまいたいぐらいだ!
俺の答えに満足したのか、何も持たずに窓から飛び出した。
ミルフィオーレの屋敷に着いて、部屋をあてがわれて。
暖かい布団に暖かいご飯。
優しいミルフィオーレの人達。
心が、温かくなるのを、ゆっくり感じていた。
特に、白蘭は優しかった。
仕事もあるだろうに、時間を割いては俺の傍らにいてくれた。
いつも、笑って、笑って。
少しずつ、触れて。
皆、優しいのは分かっていたけれど、白蘭が特別になるのは時間の問題で。
彼がいれば、屋敷の中を出歩くようになれた。
彼がいれば、怖い夢さえ見なくなった。
人の領域に土足で無遠慮に踏み込んで荒らしていく彼奴とは違い、彼はそっと横に寄り添って。
温もりを、分け与えてくれた。
俺にとって嫌なことはひとつもしなかった。
遺書の件は遂に殺されるのかと思ったけれど、それも俺のためで。
何があったかは俺には聞かず、部下に調べさせたみたいだった。俺はただ一言、信頼を求めただけなのに、それだけを信じてくれるなんて。
嬉しくて、嬉しくて堪らない!
だけど。
たくさんのプレゼントに、たくさんのデザート。
呆れるぐらいに物をくれる彼に若干戸惑いを感じつつ、甘んじて受けていた。
「早く笑えると、いいね」
悲しそうに微笑む彼を、見たときの衝撃といったら!
俺、笑えてないの?
俺が、悲しませているの?
笑ったら、喜んでくれるかもしれない。
鏡の前でひとり、笑顔の練習。
心と顔の表情が噛み合わない。全くもって上がらない口角に、何故だか泣けてきた。
白蘭が仕事に向かい、1人のときは徹底して笑顔の練習をした。桔梗さんに頼んでお笑いのDVD借りてみたり。
全然成果を伴わない練習も、1ヶ月は悠に過ぎていた。
そして、ある日のこと。
いつものように白蘭に連れられて夕食の場に着けば、
「「「誕生日おめでとう!!!」」」
いるはずのない大勢の人達が祝福の言葉を俺に手向けた。
そうだ!今日は俺の!!
白蘭は俺を席に着かせて、向かい側の一番遠いところに座った。
ユニやγ、真六弔花、風、スカル、ヴェルデに囲まれて騒ぐ俺達を、遠くから幸せそうに見ていた。
そんな、気遣いがとても嬉しかった。
「みんななんで俺の誕生日知ってるの?」
と問えば、ユニが微笑んだ。
「白蘭が皆を呼び出したんですよ、綱吉兄さんの為に」
誕生日なら楽しい食卓がセオリーでしょ、って。
こっちの予定ガン無視だもんなーと少し遠くでγの笑い声が聞こえた。
白蘭、白蘭。
なんでそんなにも!
「「「おやすみなさーい」」」
夜は更けて、騒がしかった宴も終わり。白蘭に手を引かれて寝室に戻る。
そこで、手渡されたマーレリングのレプリカ。
きらきら輝くそれはミルフィオーレの絆の証だと。
この指輪がなくても家族だけど、目に見えた方がいいでしょ?と白蘭は笑った。
きずな、かぞく、本当に?
繋いで、いいの?
ボンゴレの絆は簡単に壊されてしまって。一緒に家族も壊されて。
そんな俺に、絆を紡いでくれるの。
生きてて、よかった。
あの日、あの時。
死を切望した、あの日々。
開けられた窓はやっぱり彼の為だったんだ。
直感を無視していたら、彼に気付かないままだったら。
こんな幸せに出会えなかった!
涙を拭われて、ぎゅっと手を握られて。視線が絡まって。
温かい、気持ちが伝わってくる。
「生まれてきてくれてありがとう」
そんなこと、言われてしまったら!
つぅ、と白蘭の頬を流れる涙に月明かりが照らして。
なんて、きれいなの。
「綱吉クン、笑ってる…!分かってる?笑ってるんだよ!」
感情を露わにして喜ぶ彼の言葉に、驚いて。
あれだけ、あれだけ練習した笑顔がやっと!!
「どうしよう、涙が止まらない」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼の腰に遠慮がちに手を回して。
よかった、喜んでくれた!!
もう、悲しそうに笑う彼は見たく、ないよ。
プレゼントやデザート。
外に出歩く勇気。
新しい絆。
失くした笑顔。
溢れるばかりのモノをくれた彼に、何か返したい。
同等なものなんて、返しきれないけれど。
少しでも、喜んで欲しいよ。
そう伝えた俺の目尻にキスをして、じゃあ、ひとつだけ。と答えた。
俺に出来ることならなんだってするよ!
少しでも、報いたい。
「ずっと、笑っててね」
一瞬、きょとんとして。
そんなの、白蘭が傍にいてくれるなら簡単じゃないか!と笑えば、白蘭も笑った。
伝わる?ねぇ、白蘭。
本当に、本当に感謝してる。
本当に、本当に愛しているよ。
俺は臆病者だからそんなこと言えないけれど、聡いお前なら気付いてくれるだろう。
もう絶対に、この絆は壊されたりしない。
例え彼奴に何か干渉されたとしても、今目の前にいる彼と一緒なら、立ち向かうよ。
ねぇ、あの日の俺。
死んでは、駄目だよ。
いくら傷ついたとしても、もう少し耐えて。
こんなに、こんなに幸せな未来が待っているのだから!
ぼくのせいにかんしゃして
(生かしてくれて、ありがとう)
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