生に泣く
綱吉クンが笑わない。
それは僕にとって重大な出来事で、かつ当たり前のことだった。
そりゃあね、そうだよね。
急に現れた女の子に嵌められて、守護者や友達、家族にまで信じてもらえなくて。
裏切り、暴力、罵声を受けて。
あまりに大きくなった事態にボンゴレは綱吉クンを手放した。
今、十代目は誰がしてるんだろ?もう興味もないけれど。
僕が綱吉クンに会いに行ったのは本当に偶々で。
近くに出掛けたものだから、ちょっと寄ってみようかな、ぐらいの軽い気持ちだったのに。
驚かそうと二階の窓を覗けば、こちらが逆に驚かされた。
一言で言えば惨状、だ。
ボロボロの机に、通学用かな?鞄はただの布切れにしか見えない。血まみれの服は乱暴に放置されていて、原型を留めている物を数えたほうが早かった。
綱吉クンは、どこに?
きょろり、見渡せば、いた。
部屋の隅に縮こまって座っていた。
部屋の主なんだからそんなに小さくならなくても!
「綱吉クン」
がらり、不用心にも窓は開いていて、それがさらに不可解さを増した。
びくり、身体を震わせて。
僕の方を見て目を見開いた。
『びゃくらん』
声は出ていなかった。
かすれていた。まさか、喉を潰されてるの?
「どうしたの、何があったの」
焦りと戸惑いを隠しきれずに早足で綱吉クンに近付けば、綱吉クンは腕を顔の前に交差させて、まるで自衛の形をとった。
腕の隙間から覗く瞳は、僕を倒した、背中を合わせて共闘した、あの強い意志を宿したものではなく、どこか頼りない、弱々しいものになっていた。
はくはく。
声の出ない綱吉クンが何を言っているのかが分からなくて、さらに近付いて、綱吉クンの目の前に跪いた。
「何?なんて言ったの?」
『…お前も信じてくれないの?』
……………?
意味が分からない、分からないけれど、『お前も』ということは信じてくれない人が何人かいることは推測できる。
そしてこの部屋の惨状。きっと家族も信じてくれない人の中にいるのだろう。
さらにこんな状況なのに守護者が1人も傍にいないのは彼らも信じてくれない人の中。
あれ?あと誰かいたっけ?
もしかして、独りきりなの?
「……信じて、欲しいの?」
そう言えば、大きな瞳がさらに大きく見開いた。元々薄く膜が張っていた瞳から、じわり、涙が溢れた。
綺麗な、綺麗な雫。
『…………おれを、しん、じて』
その言葉を聞いた瞬間、考えるよりも身体が動いた。
『………っ!!!』
僕に何かされると思ったのか身体を固く強張らせたけれど、そんなのに気をとられてる余裕は無かった。
綱吉クンを抱え上げ、窓から飛び出そうとした。
「…綱吉クン、何も持っていくものはない?心残り、とか」
一応、確認して。
綱吉クンは驚いた顔をして、一瞬考えて出した答えは。
『ないよ』
その答えに満足して、空へ羽ばたいた。
いまいち原因も理由も分からないけれど、頭を占めるのは後悔ばかりだった。
綱吉クンも、守護者もお互い大事にしているように見えたから。そこに割って入るのも気が引けて。
綱吉クンが幸せそうに笑ってるのを少し遠くから見てるぐらいいいよね?とか思わなきゃよかった。
こんな、傷つけられるくらいなら、最初からこの子の隣を奪えばよかった。
そして、今に至る。
ボンゴレから逃げて、扱える知識を総動員してミルフィオーレを再構築中の僕の隠れ家に綱吉クンを休ませた。
連れ出して一週間になるけれど、ボンゴレは一切捜索などしていない。
あんなに仲良しそうだったのに、と思うと、つきり、胸が痛んだ。
けれど、ボンゴレが何をしてくるか分からない。なんたって彼は最後の血縁者。鉄は熱いうちに打たねば。
「てことで遺書書いてね」
きょとん、とした顔がみるみる内に泣きそうになっていく。
「違うよ、綱吉クン。死ねって言ってるわけじゃないよ」
その遺書を上手く信じてくれれば捜索もせず処理してくれるだろう。
綱吉クンに納得してもらい、遺書を部下に頼んで沢田家の綱吉クンの机に。
もしも、綱吉クンが生きててここにいるとバレたら戦争が始まるかもしれない。
いざという時の為に力を貯めなければ。
「綱吉クンは、いっぱい食べて、いっぱい寝て早く元気になってよ」
食事も碌に取らせてもらえなかったらしく、肋が浮き出てる状態だ。
お粥を手に、ゆっくりと胃に流し込む彼を見て、満足した。
『びゃくらん、』
「どーしたの」
『ありがとう』
能面のような顔でお礼の言葉を宣う彼に、どうしても違和感と悲哀が僕を襲う。
きっと、ほんとは笑ってるんだろな。
その、能面の下で。
どうしたら、その能面が外せるのかな?
また、太陽の下で守護者達と笑いあっていた時のような、笑顔が見たいな。
どうやら、彼奴は綱吉クンの声と共に笑顔まで奪っていったみたいだ。
きみにえがおをおくりたい
(僕に、何が出来るだろう)
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