愛を喰す


沢田綱吉が死んだ。


敵対マフィアとの会合に1人で赴き銃で一発。

初代の再来とまで謳われた男の最期は何とも呆気なかった。


マフィアの頂とも言えるボンゴレのボスの葬式は盛大に行われ、全世界のボスが様々な思惑を隠しながらも花を手向けに集まった。


ただ、ひとつ可笑しいのはボンゴレの雰囲気。

自分達のボスが死んだというのに嘆き悲しむ者は皆無で、悪態をつく者もいれば終始にこやかな者もいて、他のマフィアはその異様な雰囲気に不信感を抱いていた。


「ったく沢田の奴最期まで迷惑かけやがって」

「中学の頃から全く変わらないのな」


斎場の隅で文句を言い続けるのはボンゴレ嵐の守護者と雨の守護者。

そこに並中のアイドルと持て囃された京子とハルが近付いてきた。

「まさか結婚した後も麗華ちゃんをずっと虐めるなんて」

「ほんとひどい人です」

きっと罰が当たったのね、と言いあっているところに現れたのは麗華、と呼ばれる人物。


「みんな、集まってくれてありがとう」

「麗華ちゃん、身重なんだから無理しないで」


大丈夫よ、と答える少女のお腹は見るからに大きくて。


「大事な十一代目だ、気をつけるんだぞ」

「リボーンくん」


笑いあう守護者達と十代目の妻は微笑ましいけれど、葬式でなければ、の話であって。


葬式も終盤に近付いた頃、急に式場の出入口がざわついた。

「なんだ?」

それもそのはず。
現れたのはボンゴレの頂を越す勢いを見せる敵対マフィア、ミルフィオーレ。

うら若きボス、白蘭。


沢田綱吉を撃ったのがこの白蘭という噂もあるのだから周りが騒がしくなるのは必然で。


「やぁ、ボンゴレの諸君」

にっこりと笑う白蘭の後ろには真六弔花まで控えている。


「なにしにきやがった!!」

「ボスの不在に戦争でも引き起こす算段ですか」

「麗華に手を出すなら咬み殺す」

ピリピリし始めた空気を一切無視して、白蘭はきょろきょろ周りを見渡して。

何かを、探してる?


「…!、白蘭様、あちらです」

何かに気付いた桔梗が、白蘭にある方向を指さした。

その方向にある、のは。

ただひとつ。


十代目、沢田綱吉の遺体。


しん、と静まる世界を意に介さず、真っ直ぐに白蘭は沢田綱吉の遺体の方へ歩いていった。


闊歩する姿はさながら王者の風格で、ボンゴレの守護者達は既視感を覚えた。

あぁ、沢田綱吉に似ている。

例え女を虐める最低の奴でも王者は王者でしかなかったのだ。


白蘭は、棺桶を開き、遺体を見つめ、幸せそうに笑った。


「約束を、果たしにきたよ」


そう呟いて、遺体を抱き締め、口付けを交わした。


まるで映画のワンシーンのような出来事に、皆呆気にとられて手も足も動かなかった。


「よいしょっと」

それを良いことに沢田綱吉の遺体を抱えて式場を颯爽と出て行こうとするミルフィオーレボスに。

はっと我に返り最初に動けたのは世界一のヒットマン、リボーンだった。


「っ…待て!!何してやがる!!」


銃を構えて焦りを吐き出せば、きょとん、とした顔が返ってきた。


「何って、自分のものは好きにしていいでしょ」


「は?」

「自分のものって…ソイツはボンゴレ十代目なんだぞ!!」


口々に白蘭を罵倒するボンゴレの守護者とヒットマンに、真六弔花の面々はあからさまに顔を顰めた。

そんな彼等を見て白蘭は、桔梗、と側近に声をかけて。

桔梗は、はい白蘭様、と胸元から大事そうに一枚の紙を出した。


「ほら、これ死炎状」

綱吉くんが僕のものだって。


見れば、『ボンゴレボス十代目沢田綱吉の死後、遺体はボンゴレには属さず、ミルフィオーレボス白蘭の所有物とする』という文章に、二人分の死炎印がある。


白蘭と、沢田綱吉、の。


「そんな」

「…脅して捺させたんだろ!」


口々に疑いの言葉を出す彼等に、桔梗が胸元からSDを出した。

「ハハン、ここに死炎状作製の証拠映像がありますよ」


「そんなに疑うなら見てみよーよ、みんなでさぁ」


ニヤニヤと笑みを浮かべる白蘭に何か嫌な予感はするが、映像を見てみないことには始まらない。


† † †


ことり。

カメラの真正面に座り、優雅に紅茶を飲むのは生前の沢田綱吉。

カップを机に置いて、真っ直ぐカメラを見つめている。

カメラが少し揺れていることから、白蘭が映しているのだろうか。


カメラを、否、百蘭を見つめる琥珀色はとても優しくて、何故か目が離せない。


「白蘭、これ?」

「うん、それそれ」

もうお前は死炎印捺してるんだね、と言う綱吉の手には先程見た死炎状。


「彼奴、俺が死んだら吃驚するだろうなぁ」

「君が死んだらあのボス面の女の腹の子が次期ボス?」

「そ、俺の血なんて一滴も流れてない十一代目!」

くすくすと笑う綱吉はまるで悪戯が成功した子供のように笑う。


え?一滴も流れてない?

じゃあ、誰の子供!?
いや、待て、待て。その前に。

「わあ、完全な姦通罪!なんで復讐者動かないわけ?」

「ん、俺が手を回してる」

産まれてから絶望を知ってもらおーと思ってね!


「つなクン性格わっるーい」

「お前に言われたくなーい」


あはは、と笑う声が響く。

絶望?絶望だって!?
そりゃそうだ、血統を基盤とするボンゴレに終止符が打たれてしまう!


「そこでこの死炎状の出番なんだね」

「そ♪だって彼奴死んだ君の身体に刃を入れそうだもん」

なんたって十年前の女の嘘にまだ騙されてる奴等なんだし。


だ、ます?

だまされ、てる?

ちらりと麗華を見れば顔面蒼白で、小刻みに震えてる。


「俺が女の子虐めるかっての」

「その女も大概だよね、なんで虐めた男の妻に進んでなろうと思うのさ」

くく、と白蘭の笑う声と共に画面が揺れる。


確かに、確かにそうだ。
白蘭の言うことは正論だ。

なんで、そんな当たり前のことに誰一人気付かなかった!


「はい、書いたよ」

死ぬ気の炎で印を捺した書状をカメラに向けて渡す。

ごとり、カメラをテーブルに置いて、死炎状を受け取る白蘭の手が映る。カメラは綱吉と白蘭ふたりを綺麗に映していた。


「…俺の遺体どうすんの?」

「彼奴が騒ぐ前に手の届かない状態に持っていきたいね」

ほんとは綺麗に飾っておきたいんだけどなぁ、と溜め息を吐く白蘭に、勘弁して。と真顔のツナ。


いつから?

いつからそんなに仲がよくなったんだ?


「いっそのこと食べちゃおうかな」

「は、食べ、る?」


今度は白蘭が真顔で呟く。冗談じゃない、と紫の双眼がカメラ越しにも伝わってくる。


「…ひとつになれるよ」

血も、肉も、全部全部僕の中にどろどろに溶けこんで、混ぜちゃうんだ。
そしたら君を形どるモノはいつか僕の身体を造るんだよ。

君の血と、僕の血が混ざり合ってひとつになる。

人と人は歪な形で身体の一部を無理矢理にしか繋げられないから。そんなちぐはぐな“ひとつ”じゃいつか千切れちゃう。

そんな不安定な“ひとつ”より、いっそ君ごと食べて。

君の全てを手に入れる。


ねぇ、これって素敵じゃない?

「…お前ってほんと、」

話の途中から顔を伏せたのでツナの表情が見えない。
さらり、と綱吉の前髪を優しく指でかき分けて、白蘭は顔を覗いた。

衝撃的、だった。

幸せそうに、嬉しそうに、綱吉は涙を流していた、から。

俺達にいくら罵倒されても暴力を受けても涙ひとつ浮かべないボンゴレボス十代目が、あんな、猟奇的な愛を連ねた言葉だけで泣くなんて。

それほど、それほどに。

奴の言葉は心に響くというのか。


「ちゃんと、食べろよ」

「うん、血も肉も、髪だって残らず食べてあげるよ」

溢れる涙を舌で掬って、優しく優しく掻き抱いた。

その右手には、銃が握られていて。

まさか、まさかそんな。


「…愛してるよ」

「迎えにいくから待っててね」


瞼にひとつキスを贈って、白蘭はカメラに向かって嘲った。
そして引き金がひかれ、大きな音と共に綱吉が倒れいくところで映像は終わった。


† † †


「はい、ちゃんちゃん♪」

優しく綱吉を抱きかかえ直して笑う白蘭に、ボンゴレ側の誰しもが言葉を発せ無かった。

発せる、訳が無かった。


「では、ボンゴレの皆々様。死炎状の記述通り遂行させていただきます」

桔梗が真六弔花を促し式場から出て行く。


「もうこれで、全世界のマフィアが証人だよ♪みっともなく取り返しにきたりしないでね」

ぇ、あ、そうだった。
ここは式場で、全世界のマフィアを呼んでるんだった。

十代目の身体がミルフィオーレに渡ってしまう事も、1人の小娘の嘘に踊らされていた事も、腹の中の子がボンゴレの血を継いでいない事も(真実だとしたら)全部、知れ渡ってしまった。

なんて、恥曝し!


「まあ、産まれる子を楽しみにしてなよ…もう結果は分かりきってることだけどね」

青くなったり赤くなったりしているボンゴレを見渡して、ミルフィオーレボスは満足そうに式場を後にした。


† † †


目を覚ませば、そこは何だか見覚えのある部屋。

「あれ、起きたー?」

間延びした声が耳に届く。その方向に顔を向ければ、俺を殺したはずの男がマシュマロを食べていた。


「俺、死んだんじゃなかった?」

問いかければ席を立って俺のいるベッドに近づいてきた。


「うん、ボンゴレボス十代目は殺したよ」

彼奴の心からもね。


ぎしり。

ベッドが白蘭の重みで音を軋ませた。


「…食べるの?」

「ベッドの上でね」


にやり、笑えば、ふふ、と柔らかく琥珀色がとろけた。


「…お手柔らかにお願いします」

「いただきまーす」


聞こえないふりをして、その細い首筋に噛みついた。


仮死弾の解毒薬を口移し。

トリックはそんな単純なものだったけれど。

仮死弾とは分かっているといえ君に銃を引くのはホントに勇気が必要で。

ご褒美に愛を貪り尽くしても許されるでしょ?


「びゃく」

「ん?」


「…ありがとう」

これで、ずっとお前の傍にいれるよ!


……あぁ!なんて君は!


「ごめんね、やっぱり我慢できそーにないや」

「ぇ」


たべちゃいたいくらい
(なんてなんて愛しいの)






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