貴方しか見えないのに貴方だけ見えない



「いらっしゃいませ!」


ここは日本から遠く離れた異国の地。
国の中でも栄えていない、平凡だけれどもどこか暖かい土地に、俺ら家族3人は腰を落ち着けた。

(少し並森を思い出すのは2人の趣味だろうか)


今現在、その街の一角で喫茶店を開いて生計を立てている。
料理上手な母さんの料理はこちらでも好評で、ささやかに人気みたいで。
俺は配膳係としてお手伝い。
父さんは何も言わないけれど、忙しそうに出回っている。
きっと、追っ手から俺たちを遠ざける為に奔走してくれてるんだ。
たまにふらりと帰ってきては俺たちの無事を確認して。

俺も、戦えるよ、と言えば。
頭をくしゃり、撫でられて。

お前は女の子なんだからって。

今更、今更だよ父さん。


大切な人を守る為なら俺、頑張れるのに。




「ツッくん、お昼休憩にいってらっしゃい」

「うん、母さん」

俺が男の子のフリをするのを止めて半年は立つのに、未だに母さんは俺のことを『ツッくん』と呼ぶ。
まあ俺も『俺』って言っちゃうから仕方ない。

やっとこの頃スカートが違和感無くなってきたし。
髪も少しずつ伸びてきて、箒頭だった髪型も落ち着いてきたし。

「少しは女らしくなったかな」

通りすがりの家の窓に自分の姿を写して、ふふ、と笑みを浮かべば。
半年前まで拳を奮っていた男の子はどこかへ消えてしまったようだ。


昼休憩に出向くのはいつも決まったお店。
街の中にある時計塔の近く。
花屋の前にあるから見目はいいし、ご飯は美味しいし。
何てったってデザートがたまんない。

置いてあるアンティーク調の家具も、少し変わった食器も。
可愛くって可愛くってすぐに常連になってしまった。

男装してた反発なのか可愛いものにすぐ惹かれるのかも?
(母さんは「やっと女同士で買い物できるわね」って嬉しそうだった)



カラン、とドアの開く音に、店長が気付いて笑ってくれた。

「いらっしゃい、沢田さんとこの看板娘さん」

小さい街だからどこへ行っても声をかけてもらえて。
急に仲間入りを果たした俺らを暖かく迎えてくれた優しい街。


「今日のおすすめは『ブルーベリーのカスタードパイ』だよ」

「日替わりデザートはパイかぁ」

「もちろん全部おすすめだよ!」

あはは、と豪快に笑う女店主と奥で優しく微笑む料理長は、街一番の古株と言っても過言ではないくらい昔からこの店を営んできたという。

「まぁゆっくりお選びなさいな」

未だに悩み続ける俺を置いて、お客さんがどんどん入ってくる。何度となくドアの鈴が鳴った頃、ようやく今日のランチが決まった。


「「林檎のハニーパイとミルクティ!」」


え?

かぶった?


声がした方を伺い見ようとすれば、女店主の残念そうな一言で再び視線は前方へ引き戻されてしまった。

「あら!もう林檎のハニーパイはひとつしかないよ!どちらか諦めておくれ」


そんな!迷ったときの鉄板メニューが!!

ショックで打ちひしがれていると、上の方からあまり残念そうではない声が耳に届いて。


「あれー…残念だね、どうする?」

仰いで見上げれば、見たことのない人。
白い髪が紫色の瞳と重なって綺麗、で。
こんな人がいれば目立って仕方ないのに、誰も視線を向けないのが不自然なくらい。

色に惹き込まれて惚けていれば、じっと見つめられていることに気がついた。

「っ!あ、あのっ……!」

ああああごめんなさい!と謝れば、きょとん、と首を傾げられた。

顔が熱い。湯気が出そうだ。
長々と人の顔を凝視するなんて失礼すぎる!


「……はんぶんこ、しない?」

「へ」

「ほら、もういっこ頼んでさ、そしたらそれもはんぶんこしようよ」

にこーっと無邪気に笑われたらこくん、頷くしか無くて。
もうひとつはトマトのミートパスタにして、一番奥の席へ。

いつもの席に、いつものお気に入りの風景にひとつだけ違うもの。

きれいなきれいな男のひと。


席についてランチをとり始めれば、特におしゃべりを楽しむ訳でもなく。
お互いがお互いのペースで寛いでいた。


(どきどき、するけどそれさえも心地いいなんて)

(初めて、逢ったのに)


(不思議、だ)




それからというものくる日もくる日もその人とばったり出逢って、
ぴったり息があう双子のようにメニューがかぶって。
しかも何故かいつも残りひとつでやっぱりはんぶんこ。

偶然に偶然が重なってまるで必然かのように。


「不思議、ですね」

「僕らほんとは双子だったりして」


くすくす、心地いい冗談さえも言えるようになって。


白髪の彼と過ごすランチをいつのまにか心待ちにしていたけれど、
名前さえ聞けない俺には約束を取り付けるなんて出来やしなくて。



彼の姿を一目見ればその日1日幸せで。

紫色の瞳が和らかく細まれば胸が苦しくて。

パイに延びる細長くて綺麗な、でも俺とは違う角張った指を触りたい、
と自分の下心に気付いて恥ずかしくなって。


ずっと、見ていたい。
色んな表情を見てみたい。

焼き付けて、焼き付けて。

でも見られたくない。
恥ずかしい、顔、朱くない?
なんで、なんで、知られたくないの。

でも、でも、気付いて欲しい。


たくさん、たくさん。
彼で日常が埋まっていく。
全部、全部の出来事が彼に繋がっていく。

あの、忌まわしい日々。
性別を偽って、信じてもらえなかった絶望の日々。

そんな記憶がどんどん頭の片隅に追いやられて、消えていくようだった。

彼への溢れる想いに流されて。





いいのかな、俺、いいのかな。

本当に、女の子になって。


幸せ、になっていいのかな。
















「ツッくん、最近いいことあった?」

「へ」

じとり、カウンター越しに顔を見つめられて。
近い、近いよ母さん。ついついトレイで顔を隠してしまった。

「なんだか最近すごく可愛いわ」

「かわ、いい?」

「もしかして、ツッくんあなた――」

はっとして、すぐに踵を返して一直線に扉の方へ。

「おっ、お昼休憩行ってくる!!」

ばたばたと出て行った俺に、母さんは驚いて遠くから小さくいってらっしゃい、と声をかけてくれた。
あからさまに逃げた俺にきっと今頃苦笑しているに違いない。


聞きたくない、聞きたくなかったんだ、
その言葉の先を。

なんて言われるかなんて超直感が無くたって分かってしまう。


その先を聞いてしまったら。
きっと、きっと俺はもう戻れない。





















からん、ドアの鐘が店内に響く。
激しく鳴る動悸と息を落ち着かせて、店内をぐるり見渡す。

ひらひら。

細長い綺麗な手が左右に揺れて俺に彼の存在を教えてくれた。
さっきとは違う動悸が激しく俺の胸を詰まらせる。

いつものお気に入りの場所。
可愛い雑貨に埋もれて、優しい空気に触れる。
机の上に並ぶ食器に色とりどりの料理が飾られて。

「もう、今日は頼んだんですね」

会えただけでも嬉しいけれど、一緒にランチをとりたかった。
この浅ましくももっと、もっとと叫びそうになる心を懸命に抑えている。


「ううん。もう来るだろうなって思って2人分頼んじゃった」

「俺、が来るの待ってたんですか」

「ちょこっとだけ」

すぐ来るから僕もびっくりしちゃった、と笑う彼につられて微笑んだ。
頼んだメニューを見てもどれも俺の好きなものばかりで、さらに笑みが深くなってしまう。

ご飯中は喋らない。フォークとナイフを鏡合わせに上手に使って。

似てるのかな、俺たち。それとも全く似ていない?
親からのしつけが同じなのかな?
それともずっと独りで食事を摂っていたから?

知らない、知らない。

君の名前も、君の過去も、現在も。

知りたい、知りたいな。
でも、壊したくないんだ。

時たま食事中で視線が絡まって。
ふわり、笑い合うあの空気。


幸せだって、幸せだって。
心からじわり、溶け出すんだ。















「でも」


かちゃり、デザートにとりかかったスプーンを一旦お皿に置いて。
カップから湯気が出ているココアを口にする彼に問いかけた。


「俺が来なかったらどうするつもりだったんですか?」

俺の問いにうーん、と唸って。


「ありえないんじゃないかな、なんか、なんとなく分かるし」

君もそうなんじゃないの?と首を傾げられれば、確かに、と頷くしかない。
でも俺には超直感があるしなぁ、とさらに首を傾げることになる。



「でも」

「え」


「最初だけは違うよ」


店内の音が遠く聞こえる。
おかしい、目の前の彼から目が離せない。

駄目、駄目だ。




「わざとって言ったらどうする?」


「……ぇ」





「君に、声をかけたくってわざと同じメニューにしたんだよ」






ああ!もう!
どうしよう!!頭がパンクしそう!

熱くって熱くって堪らない!!




「……顔まっか」

その反応なら期待していーんだよね?と嬉しそうに笑う彼にもっと熱くなって。


「アイス、溶けるよ」

くすくす、アイスの心配なんて全くしていない笑い声にちょっと悔しくなって、
まだまだ残っているアイスを大きく一口で食べてやった。

アイスのお陰で少しは冷めるかと思った体温は上がったままで。










カラン、お店から外に出て、いつもならここでさよならをするけれど。
何だか離れがたくてちらり、彼の顔を伺い見れば。

「はい」

すっと目の前に掲げられた彼の右手。
あれだけ触りたいと思っていた綺麗な手が俺に伸ばされている。


「とりあえず、手でも繋いでみる?」

「えぇっ……!!」


うろたえる俺に対してにやにやと笑う彼。
嬉しそうなのが伝わってくるから怒りたくても怒れない。


「そっ、その前に名前!」

「名前?」

「名前!教えてください」


知ってると思ってた、と驚いた顔をするものだから
今度はこっちの頭に疑問符が付いてしまった。



「まぁいいや……白蘭だよ」

「びゃく、らんさん」

「白蘭でいいよ、敬語もやめちゃえば?」


名前を何回か口元で反芻して。頭の中に焼き付ける。
ずっとずっと知りたかった名前。

嬉しい、嬉しい!



幸せの余韻に浸っていれば、急にぐいっと引っ張られて。

気付けばさっき名前を知った彼がすぐ目の前。




「僕は知ってるよ、"つな"チャン」


ふわり、男の人の香水が鼻を掠める。


「な、なんで?」

「店のマスターに聞いちゃった」


そ、そうか、俺もそうすればよかった…


にしても近い。近すぎる。
再び顔に熱が集まる。

こんな綺麗な顔が近くにあるなんて。
あ、睫毛まで白いんだ。
あ、なんか、企んで、る?

にやにやしていた顔がさらに笑みを深くしたと思った瞬間、
ちゅっとリップ音と共におでこにキスをされた。


「えっ、えええええぇぇ!!」

とりあえず手を繋ぐって言ったくせに!!

「繋ぐだけって言ってないジャン♪」







どうしよう、どうしよう?
幸せに、なってもいいのかな?

幸せに、なれるかな?



白蘭に、迷惑、かからないかな?




「とりあえずつなのご両親に挨拶しにいこっかなー」

「早いよ!!」




まずはお互いのことをよく知ってからかな?と微笑む白蘭に。
忘れかけていた”ボンゴレ”の4文字が脳裏を掠めたけれど。



馬鹿な俺は忘れたふりをして。


また嘘を塗り替えていくことになる。












きみがぼやけてよくみえないの
(それは嬉しいからか、悲しいからなのか)






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