あなたがいるから音も聞こえない


「本当に、いいんですか」


いいよ、いいんだよ。

五月蝿くって堪らない。


「泣かないでください」


ねぇ、はやくはやく。


「たすけて、むくろ」


なんで、お前が泣きそうな顔をしているの!


† † †


「おはようございます十代目!」

「はよーなのな」

「極限に朝から元気だな!!」


揃いも揃って校門でお出迎えするには訳がある。俺達は十代目を信じきれなかった三人だ。


1ヶ月前、転入生がやってきた。可愛らしい、女の子。すぐに人気者になった彼女に、『沢田綱吉が振られて逆上、暴力を奮った』と噂が流れ。

何度も何度も傷をつけて泣く彼女を見て、俺達は彼女を信じてしまった。


勿論、嘘だったのだけれど。

彼女曰わく、『虐める相手が欲しかった』のだと。


それに気付かず1ヶ月の間、俺達含めクラスメイトや他の学年、他のクラスの奴まで、十代目に暴力を奮った。

自分達の勝手な正義を振りかざして。


結局は、学校の風紀が乱れたとして雲雀が動き、十代目の証言や彼女の証言、目撃者などを洗いざらい調べ上げ、決着は着いた。


彼女は転校させられた、けれど残された俺達は。


ただ、毎日謝罪の嵐。

前みたいに、仲良く、なんて虫が良すぎるけれど。


許してほしい。


数日前までは家まで迎えに行っていたのだが家光さんと奈々さんに追い返された。

リボーンさんには「少し頭を冷やしやがれ」と一言添えられて。


現状、送り迎えをしているのは六道骸。

驚くことに、最初から六道は十代目を信じていた。


綱吉くんが、そんなことするわけがないでしょう、と。


きっと奴は十代目の身体を今も狙って送り迎えまでしているに違いない。

再三そう十代目に忠告も差し上げているのに聞き入れてはいただけない。


† † †


「…………?」


なにか、可笑しい。
挨拶が聞こえなかったのだろうか。

いつもなら、控え目におはよ、と返してくれるのに。


「綱吉くん、一限目は何でしたっけ」

「数学ー…もー朝から憂鬱だよ」


六道は十代目を守るため、とぬかし並盛に転入してきた。明らかに年齢が違うだろうに同じクラス。

裏に手を回したに違いない。


ムカつく、ムカつく。

そこは俺達の場所だったのに。

彼の笑顔を一番近くで見ていたのは俺達だったというのに!


「僕が手取り足取り教えてあげますよ」

クフフ、と十代目に密着する六道に十代目は顔を真っ赤にして、六道を見上げた。

「お前がそう言うと違う意味に聞こえるから!」

「そういう意味ですけど」


馬鹿!と六道といちゃつく(?)十代目はこちらをちらりとも見ない。


「ツナ、いー加減六道から離れろって」


山本が、十代目に手を伸ばした瞬間、六道の槍が間を遮る。


「なに勝手に近付いてるんです」


赤と青の不気味な双眼が険しく剣呑に光る。

たじろいだ俺達は、十代目からさらに距離が遠くなってしまった。


「骸ー?早くいこーよ」


雲雀さんに怒られるの俺なんだからね、と全く俺達を意に介さず六道に話しかける。


そんな、そんなどうして?

無視、するんですか?


呆然となった俺達を横目に、六道はムクロウを出して十代目を校舎へと送り出した。


ちゃんと、護るのですよ、とムクロウに言い聞かせ。

ちらり、と俺達に視線を寄越した後、待ってるからなーと十代目は校舎の中に消えていった。

「さて、訳が判らないというような顔をしてますが」


十代目から目を離し、六道の方に視線を向ければ面白くて堪らないような顔をしている。

あぁ!かんに障る!!


「もう君達の声は彼に届きません」


…意味がわからない。


「謝罪は受け入れねぇってことか?」


「違います、“聞こえない”ということです」


あの時、綱吉くんを信じなかった人の声を。

彼は拒絶したんです。


† † †


「五月蝿い」


ぼそりと呟いた彼を見れば、明らかに憔悴している。

応接室の主が見回りに出ている為、今この場には僕達ふたりのみ。


昼休みは彼奴から逃れるために応接室でお茶をするのが日常と化してしまった。

(雲雀くんは彼奴のウザさを分かってくれるらしく僕達に寛容です)


「彼奴なんなの。俺が何したっていうの。」


「女の子に嵌められて皆に虐められたあげくつきまとわれてますねぇ」


わかってるよ、と綱吉くんの溜め息は重い。


綱吉くんに罪はないと分かった瞬間、手の平を返して前のように接してきた彼等。謝罪もないんですか、と言えば弾かれたように謝り始めた。

許してくれるよな?という浅ましい性根が現れた謝り方で。


幾ら優しい綱吉くんでもそう簡単に許す訳はなく。


彼等は何か取り憑かれたように綱吉くんにつきまとった。

彼等が近付けば未だに身体が震えるというのに。


彼等は自分達がした愚行を忘れてしまっているのではないだろうか。


つぅ、と頬に涙が流れた。

「もう嫌だ」


まさか泣くとは思わなくて固まってしまった。


「やっと終わったと思ったら彼奴が近付く度に思い出すんだよ」


恐怖が、フラッシュバックして思考が彼奴に支配される。

それが、堪らなく嫌だ。


「もう、彼奴の声なんて聞きたくない」


あんな、気持ちのない謝罪。

さらに彼奴が嫌いになってしまうこの汚い心も嫌だ。


「たすけて、むくろ」


† † †


「それで僕の力で綱吉くんを僕の世界に閉じ込めました」


僕が許可しない者の声が聞こえないように。

僕が許可しない者の姿が認識できないように。



「んなの六道の思うままじゃねーか」


「忘れたんですか、彼は類い希なる超直感の持ち主。本気を出せば僕の幻術なんて簡単に破れます」


それを、破らないということは。

もう、十代目は俺達との仲を修復する気は皆無ということで。

「そんな」


「たすけて、と言った時の顔」

「まさか、無実が証明された後にあの顔を再び見ることになるとは夢にも思いませんでした」

あんな、悲痛な顔!


「さぁ、立ち去りなさい。あんなに優しい彼が拒絶した、この意味が分かるなら、二度と彼に近付かないでください」


もう、あんな顔は見たくない。

彼等が立ち去ったのを見届けて、校舎に向かえば。


「だからあの時泣きそうな顔してたのか」


靴箱に綱吉くんが隠れていた。全部聞こえていたようで。


「ごめんな」


「…何がです?」


「お前を傷つけた」


そんなことない、と言おうとして言葉を失った。


綱吉くんが、僕の手を握ってきたから。


「もうそんな顔しないよ」


だってお前の声しか聞こえない優しい世界にいるからね、と笑う君は幸せそうで。


あぁ!
君は僕の気持ちを簡単に高揚させる天才です!


「ずっと浸ってていいですよ」


ずっと、傍にいますから。


握られた手を固く結び直して、ふたり揃ってあの風紀委員長に怒られに教室へ向かった。


(彼奴の声、猫の鳴き声に変更しましょうか?)

(却下!!)



きみのこえでみたされて
(それだけが淀んだ世界を愛せる理由)






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