幸せを象る
「どうしてお前らの傍にいなきゃならないの」
それは、優しい君の遠回しな拒絶の言葉。
沢田綱吉が行方不明になって10年たつ。
中学の頃、ボンゴレの同盟マフィアの一人娘に強姦未遂を働いた挙げ句その非を認めず。十代目候補を取り下げた途端その姿を眩ました。
責任を取り、その一人娘を沢田綱吉の婚約者に。と話が固まった時だった。
ボンゴレの調査員を派遣しても、噂さえも引っ掛からない。
そのまま、十年が過ぎてしまった。
ところが最近になってある目撃情報がボンゴレ本部に届いた。
『沢田綱吉に似た子供がある街にいる』と。
「ったくダメツナが!!他の女を孕ませやがって!」
「そうですよ沢田の奴!!婚約者が代わりに十代目として頑張ってらっしゃるというのに!」
「ちょっと締め上げないといけないのなー」
リボーンは守護者達全員を引き連れて、その目撃情報の出た街に来ていた。
目的は勿論沢田綱吉を連れて返ること。
罪を認めさせ、婚約者に償わさせなければ。
「赤ん坊、それでどこの街なの」
「大体この大人数に意味はあるんですか」
それがな、とリボーンはひとつため息を吐いた。面倒なところに居やがって、と。
「ミルフィオーレのシマだ」
ミルフィオーレ、と言えばボンゴレに匹敵する巨大な新興マフィア。歴史は浅いが強大で、ボスはまだ青年だという。
アルコバレーノも在籍するという噂もある。
「何かあったら戦闘が始まるからな、全員体制がいいだろう」
悪い噂は聞かない。
だが顔の見えないボスは不安がよぎる。
資料を捲りながら唸る。
「『白蘭』か…」
何か、嫌な予感がする。
と、その時。
「おかーさん!!」
守護者の横を走り抜ける少年に皆息を呑んだ。
白い髪に、橙の瞳。
まるで沢田綱吉というよりは初代に似ている少年が母親であろう女に抱きかかえられていた。
「ぇ、あれ」
「…………ツナ?」
その少年を抱きかかえた母親。
髪は腰まであるし、スカートだしでどう見ても女性。
けれど見間違う訳がない。
あれは沢田綱吉だ。
「ツナ!!」
近付いて声をかければ。
少年に向けていた慈愛の瞳をすっと細めて冷たい眼差しが向けられた。
「やぁ、久しぶり」
よく分かったね、と喉で笑えば雰囲気が一瞬にして悪くなる。
「やっと見つけたぞダメツナ!!」
「十年間もどこに隠れていやがった!!」
「遂に頭がおかしくなったのですか?女性の格好などして」
「風紀を乱すような格好は止めてくれる」
皆口々に罵倒するけれど沢田綱吉は口を開かない。
おかーさん、と少年が呼べば。なぁに?と優しく笑う。まるでボンゴレなんて見えてない、というような。
「なに無視してやがる!!」
「…この人たち何言ってるの?おかーさんが女の格好なんて当たり前じゃない」
「えーとね、蓮。この人たちはおかーさんを男の子だと思ってたの」
はぁ?と守護者は口を噤んだ。何を、いって?
「何それ、おかーさんはおかーさんなのに」
首を傾げる少年、蓮は不思議そうに綱吉とボンゴレをきょろきょろと見比べて。
「前に話したでしょう、おかーさんは生まれた頃から男の子として育てられたのよ」
…ツナが、女?
じゃあ、じゃあボンゴレで待ってる婚約者は?
強姦未遂をした罪は?
混乱する頭で縋るように綱吉を見やれば。
「なに、やっと分かったの?」
今更、遅いけど。と嘲笑され。
「…なぜ、なぜママン達は」
言ってくれなかったんだ、とにじり寄れば白髪の少年、蓮が顔をしかめた。
「そりゃあボンゴレに嫌気がさしたんでしょ、娘を勝手にボス候補にするわ、話を聞かずに貶めるわ…あ、今は近くにいるよ」
夫婦仲良く孫を可愛がってくれてるよーと腕の中の少年を撫でる手は一向に止まらない。
確かに沢田夫婦は十年前沢田綱吉の件で責任をとってボンゴレから去り、行方を眩ましていた。まさか沢田夫婦までミルフィオーレのシマにいるとは。
「…じゃあその子どもは」
「正真正銘俺の子どもだよ」
おとーさんにそっくり!とぎゅうぎゅうに少年を抱き締めて。
おとーさんは僕のことおかーさんに似てるって言ってたよ!と少年が言えば、見覚えがある優しい笑顔で綱吉はじゃあ蓮はおとーさんとおかーさんどっちも似てるね!と笑った。
その笑顔に既視感を覚えて。
あの同盟マフィアの娘が来るまではその笑顔は自分達に優しく向けられていたのに。
女と分かったら可愛く見えてくるから不思議だ。
「戻ってこい、ツナ」
「そうですよ、十代目。帰りましょう」
きょとん、と音がしそうな顔の綱吉が首を傾げた。
「なんで俺がお前らの傍にいなきゃならないの」
逆に今度は守護者達が首を傾げた。
「なんでってどういう事なのな」
「当たり前でしょ、君はボンゴレ十代目なんだから」
は、と引きつった笑い。昔の彼からは想像出来ない笑い方。
「何言ってるの、皆が俺を十代目から引きずり下ろしたじゃん」
九代目の勅命書持って!
その言葉に守護者達は呆然となった。
そうだ、そうだった。
リボーンと守護者達皆で沢田綱吉に渡した勅命書。
十代目ではない、とはっきり記した、あの。
「…っ、そんなもん取り消してやる!」
いいから帰るぞ、と彼―否彼女に手を伸ばした瞬間。
ゴォッと音を立てて輝く光。
貴重な貴重な大空の炎!
「おかーさんに触るな!」
それを、白髪の少年が出している。つまりツナの血、もとい初代の血を受け継いでいる!
リボーンと守護者達の目の色が変わったのを綱吉は見落とさなかった。
「言っておくけどこの子はボンゴレ十一代目にはならないよ」
「なっ…!!」
図星を突かれ二の次が継げない。けれど、綱吉が駄目なら後継者はあの少年しかいないじゃないか。
「この子は俺みたいにはしない、好きなように生かせる」
夢があるんだもんね、と少年に尋ねれば、ねー!と笑いあう親子は端から見たら微笑ましい。
「…ツナ、それは出来ない相談だぞ」
「そうですよ、大体大空のお二人がこんなとこにいて危ないですよ!」
「僕達が守ってあげるから、ボンゴレにくるといい」
じり、とにじり寄れば綱吉は少年を隠すように抱きかかえ直した。
「ほら、やっぱり俺の話なんて聞かないんだ」
全然変わらないね、とぼそりと呟いた綱吉が顔を少年の肩にうずめた瞬間。
「皆さんお揃いでうちのコ達に何の用かな?」
気配もなく空から降り立った人物に、皆息をのんだ。
「おとーさん!」
「白蘭」
白蘭、この男が!
人の喰えない笑みを湛えているが、怒っているのが明らかで。
「…お父さんってまさか」
「そうだよ、俺の夫で蓮の父親だよ」
「僕はおとーさんの後を継いでミルフィオーレの二代目になるんだ!」
無理しなくていいんだよー、無理してないもん!と少年と問答をしている綱吉の腰に手を回し、見せつけるように白蘭は口元に弧を描いた。
「ボンゴレの諸君、手放したものは大きかったみたいだね♪」
「ツナを返しやがれ白蘭!」
リボーンの戯言に、俺はモノかよ、と綱吉は吐き捨てたけれど。あれ、君は僕のモノでしょ、と白蘭が宣えば。
ふはっ、そりゃそうだ!と幸せそうに笑うものだから。
何だか居たたまれない。
「言っておくけど、ツナと蓮に手を出すような真似したら十年前のことを裏世界に公開するよ?」
困るのは、君達でしょ。
準備は整ってるよ、と暗に言えば。
皆顔を曇らせて、「諦めた訳じゃねーからな」と立ち去った。
「馬鹿だなぁ」
ん?と白蘭が顔を覗く。
「俺も、あいつ等も」
マフィアを嫌がって嫌がって逃げ出したのに、結局大組織の妻。
「幸せに捕まっちゃった」
あいつ等は泥沼だけど!
ボンゴレの血統のかけらもない女を祭り上げてればいいさ!
「ツナ?」
「おかーさん?」
ふふ、と笑えばぎゅうぎゅうと抱きしめられる温かさ。
「幸せが僕ってこと?」
俺を暗闇から救い出してくれた愛しい大空に、返事は言葉じゃなく、キスを贈って。
「もう!そーゆーのは2人の時にやって!」
顔を真っ赤にした可愛い息子にもキスを贈れば。
お返し!と言わんばかりに白蘭と蓮からキスを。
ああ、なんて幸せなの!
あの頃は想像できなかったけれど。
この幸せの為なら思い出なんていらないよ!
しあわせはきみのかたち
(出逢ってくれて、ありがとう)
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