あの子を犠牲に世界は美しい
「母さん、助けて」
あなたが産まれたのは14年前。小さくて、小さくて可愛らしい赤ちゃんだった。
「奈々!よく頑張ったな!!」
「あなた」
バタバタと入ってきた家光に、ここは病院よ、と苦笑して。
「性別は、どっちなんだ」
「女の子よ、可愛いわ」
ああ!可愛いな!!と赤ちゃんを起こさないよう抱き上げる。
すると、その振動でぱちり、目を覚ましてしまったが、泣き出さずに静かに父の腕に抱かれたままだ。
「名前はね、"つな"がいいわ」
私の"奈々"とちょっとお揃いよ!どう思う?
そう問いかければ赤ちゃんと目を合わせたまま動かない父親の姿。
「……どうしたの?」
「目」
「目?」
「…………目が、琥珀色だ…」
少し、橙がかっている、美しい、いろ。
「まさか」
「その、まさか、だ………先祖返りだ」
先祖返り。
話には聞いていたけれど、そんなまさか。
家光さんの先祖はイタリアにあるマフィアの初代だということ。始めは自警団だったのが時を経てマフィアになったということ。
そして代々そのマフィア“ボンゴレ”に関わる仕事を携わってきたとのこと。
子孫の誰も、ボスにはなりえなかったから。
それは、ボスの資質とも言える『大空の炎』を出せること。
けれど、いつかは現れると期待され続けられた―――初代の再来。
その初代の美しい橙の瞳をもった大空の素質が流れる子供が生まれることを願われて。
けれど、それがこの子なんて。
女の子、なのに。
私達の、待望の赤ちゃんなのに!
そんな、血塗れの世界に放り込めというの!
「奈々、隠そう」
「あなた」
「子供が生まれたことは隠せない、けれどせめて女の子だということを隠そう」
でも、それは、それは。
女として生きる幸せを奪うということ。
「分かってくれ、奈々…女の子だと分かればきっとボンゴレは道具として扱うだろう」
そして、ボンゴレ初代の血が流れている女の子ならば、他の組織からも狙われてしまう。
「そんな、そんな!!」
“つな”を抱いた腕が、少し強くなって。
ゆるり、と雫が父親の頬を流れた。
「すまん、奈々、“つな”……いつか、いつか。」
―――力を、手に入れるから。
まさか、涙するほどの覚悟だなんて。初めて見る彼の涙に、己の不甲斐なさを悔いているのが伝わって。
「……………綱吉」
「奈々」
「綱吉、にしましょう……きっと、男の子らしい名前の方が怪しまれないわ」
ごめんね、ごめんなさいね。
いっぱい、愛してあげるから。
そのまま、幼稚園、小学校、中学校と。
性別を偽らせても、素直にまっすぐ育ってくれた。
ごめんね、と謝れば、お父さんもお母さんも悪くないよ、俺を守るためなんでしょ、と答えてくれる優しい子になってくれた。
順調に思えた、ある日。
黒衣を纏った家庭教師が家に来て半年ほどたった頃。
「いじめ?」
「そうだぞママン、こいつはボンゴレの同盟相手の令嬢に襲ったあげく暴行まで」
俺の指導が甘かった、と帽子の鍔を下げた赤ん坊の言葉に唖然とする。
「俺、してないよ」
「またそうやってしらばっくれやがって!」
見れば、涙目のツっくんが傷だらけ。
「何!?どうしたのその傷!!」
「手当てなんていらねーぞ、ママン。こいつが認めないから少し制裁してやったんだ」
――――――制、裁!!?
女の子、女の子なのよ!!
「でもツっくんはしてないっていってるじゃない」
「令嬢が泣いてたんだぞ」
「今だってツっくんが泣いてるわ」
「ママン、子供を信じるのは大事だがつけあがるぞ」
今までになかった押し問答に、奥の部屋にいたフゥ太やイーピン、家族達が異様な空気を感じて黙りこんでしまった。
「まぁいい、これから俺様がねっちょり指導してやるからな」
赤ん坊はそう言い残して、踵を返して奥の部屋へ行ってしまった。
「……母さん、信じてくれるの?」
小さな、小さな声で呟いた声を拾って。
涙が零れる前に抱きしめた。
「当たり前じゃない、ツっくんは優しい子だもの。そんなことしないって分かっているわ」
うん、うん、と腕の中で頷く我が子が痛ましくてならない。
大体、襲えるわけがないじゃないの、同じ女の子なんだから。
そう言ってしまえば話は早いのに。
家光さんから何も連絡がないということはまだ時期じゃないということ。
「……ツっくん、もう少し、我慢してね」
誤解が解けてしまえば何の問題もないはず。
「うん、きっとみんなも分かってくれると思う」
だから、隠し続けるよ。
そのやり取りから1ヶ月、2ヶ月とたつにつれ、解決に向かっているどころか、悪化している、気がする。
ツっくんの傷は手当てしても手当てしても塞がらなくなってしまった。
あれだけ周りにいた友人達も姿を見なくなってしまった。
そしてなんと家族までもがツっくんを悪者扱いし始めてしまった。
少しずつ、少しずつ我が子の瞳から光が消え始めて。
これじゃあいけない。
この子が、壊れてしまう!
「ツナ!」
いきなり、家に誰かが入ってきて、ツっくんに抱きついたと驚愕すれば、
「家光さん、帰ってきたのね」
「父さん」
久方ぶりの父親に安心したのか、ぽろぽろと涙を流しつつ笑顔を見せてくれた。
「話は聞いてる、大変なことになった」
焦った家光さんの顔に、びくり、とツっくんの肩が震えた。
「例の息女を婚約者にすることになってしまった」
「婚約者、ですって!?」
勝手にボス候補に祭り上げて、けれどその子の言葉は信じず暴力を振るって。挙げ句の果てには婚約者!?
まだ、14才の子供に!
「いやだ」
両親の間に挟まれた愛し子が、消えるような声で拒絶の意を初めて唱えた。
「もう、いやだよ、ボンゴレも、何もかも」
言っちゃ、駄目なの?と暗に言われて。
「男のフリして拳を振るうのも疲れたよ」
仲間の為、と体に鞭打ってきたけれど。
俺を信じてくれない彼奴等を、もう仲間とは思えない。
「婚約者、だなんて…」
―――未来永劫、奴らに縛られなきゃいけないの!
「………助けて、母さん」
ぎゅ、と震える左手で私の手を。
父さん、と呟いてぎゅ、と右手で家光さんの手を握りしめた。
「逃げるぞ」
ぇ、と私とツっくんの息が詰まる。
「ボンゴレにはほとほと愛想がつきた」
愛娘に傷を負わせた挙げ句、同性の婚約者なんて。
「いずれにしてもこのままだと女だということがバレてしまう」
このタイミングでは、まずい。味方が誰もいない状況では。
「アテは無いけれど、このままボンゴレの言いなりになるよりはマシだ」
「いいの」
「え?」
「ボンゴレを捨てて、いいの」
申し訳なさそうに尋ねる我が子を二人でしっかり抱きしめて。
「今まで我慢させてすまなかったな」
もっと早く決断するべきだったな、と笑う父親に、ふるふると首を横に振る子供は、父親がどれだけ仕事を誇りに思っていたかを分かっていたみたいで。
「リボーン達には九代目からの招待状がある…結納の日だがな、この日を狙って外国へ飛ぶ」
もう、心配しなくていいからな、と頭を撫でれば、ありがとう、と和らかく微笑んだ。
愛しい愛しい私の子!
守ってあげられなくてごめんなさい。
あなたを犠牲にした世界は後悔だらけで悲しみに溢れてる。
「ツっくん、愛しているわ」
「そうだツナ、愛しているよ」
恥ずかしそうに、俺も父さんと母さんが大好きだよ、と笑う我が子に。
もう犠牲にするものは間違えない、と心に改めて。
「さぁ、行きましょう」
そのうつくしさはうそばかり
(この世界にどんな価値があるというの)
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