出逢い、出逢われ


それからはもう思い出すのは嫌になる、ほど。

思い出、なんて言いたくない。


地獄のように。


十代目継承と共にリリスとの結納まで執り行った。それは形だけのもので。


勿論のこと愛は存在しない。


守護者たちもそれは分かっているためリリスを奪いあう。
リリスはそれを面白がり、好き放題守護者たちと遊んでいるのをよく目にした。


誰の子か分からない子供をみもごったときは吐き気がした。しかもその子供を十一代目にするのは決定事項で。


ここでボンゴレの血が途絶えることに彼奴は分かっているのかいないのか。


ボスの権限は与えられず、責任だけは回ってきた。

成功すれば、守護者のおかげ。
失敗すれば、俺のせい。


罵倒と暴力はいつになっても止まらない。


面倒な書類は俺に片付けさせて、戦いは最前線へ。

碌な食事も、碌な睡眠も。
言わずもがな。


それでも、死ぬのだけは嫌だった。

死んでしまえば、彼奴に負けた気がして。
あの女を襲ったことを認めるような気がして。


どうにか、どうにか。
生だけは、手放さなかった。


俺は、彼奴に気付かれないように病院へ通い始めた。

体調管理だけは整えておこうと。


小さな小さな田舎の病院。

そこで、やっと出逢えた。


おれの、いとしい大空!


イタリアにきて、3年の月日が流れた頃だった。


† † †


「大丈夫?」


木漏れ日が気持ち良い午後に、病院の外のベンチで一休みしていた時だった。

睡魔から逃れるように声の先を見上げれば、白い男が立っていた。


「先生、呼んでこようか」

滅多にかけられない優しい言葉に顔が綻ぶ。

「ありがとうございます。ただ、睡眠不足なだけですから」


そうなの?と彼は隣に腰掛けた。

ちらり、と彼を見れば端正な顔。綺麗だな、と惚ければ、見ていたのがバレたのか、視線が絡まった。

やばい、恥ずかしい。

守護者も美形揃い(何故?)だけれども、彼奴とは違う美しさ。

何か、神々しい。


「名前、教えてよ」

彼の細く長い指が俺の髪を優しく触る。


どうしょう、視線が外せない。

「……つな」


つな、ね。と呟く彼は優しく笑って。可愛い名前だね、と囁いた。


本当は綱吉だけれども。見た目に似合わない渋い名前です。

一応、ね。ボンゴレボスだからね。本名言って「見つけたー!!」と殺されても嫌だしね。


「あなたは」


「………白」


びゃく、びゃく。
声には出さず、頭の中で何度も反芻する。

不思議と高揚する心に、何年ぶりだろう、と感慨深くなる。


「また、この時間に会おうよ」


ね、と念を押され、元々頼まれれば断れない性格が幸を成したのか、すぐさま頷いた。


そうして俺らは出逢い、毎日のように待ち合わせ。

他愛もないことを話して、優しい心安らぐ時間を過ごした。


それが2、3年続き。

敬語も抜け、彼が隣にいるのが当たり前に感じてきた頃。


「あんまり、来れない?」

「そーなんだよ!出かけようとしたら部下が煩くってさー!!」


ぶつぶつ文句を言う白は涙目で。仕事するの嫌いそうだもんね。

「でも、病気はいいの?」

その為に病院に来てるんだろ、と問えば涙目がきょとん、とまあるく形を変えた。


「何それ、伝わってるかと思ってた」

「は?」


「病気なんてとっくに治ってるよ」


治ってる、の!

白は長年幻聴に悩まされていたらしい。それはもう小さい頃から。

しかも聞こえてくるのは自分の声で、何かを必死に伝えてると。


「じゃあ、なんで」


「…そんなの決まってるじゃない、つなに会う為だよ」


そう考えてたの、僕だけ?と眉が八の字に下がる。


ああもう!
彼は俺を殺したいの!

恥ずかしくて、嬉しくて死にそうだ!


「…そんな、訳ない、だろ」

頑張ってその返答。
もっと気の利いた言葉言えないのかよ!


顔が熱いのを気付かれたくなくて、顔を伏せれば無理矢理に顔を両手で持ち上げられて。

額にキスをされた。


「…頑張って抜け出してくるよ」

柔らかく柔らかく笑う彼を見たらもう恥ずかしさなんてどこか吹き飛んで。


好きだ、好きだよ。

涙が溢れそうな程のこの気持ちに、彼は気付いているのだろうか。


あの、失意の日々から。

光を、笑顔を、幸せと安寧を。
どれだけ彼は俺に与えてくれるのだろう!


ずっと、ずっと続けばいいのに。そうしたら俺は彼奴が傍にいたとしても頑張れるよ!


けれど俺の祈りも虚しく。

何も知らずに幸せを噛みしめていた日はその日を最後に、もうやっては来なかった。


そしてその数日後。

忘れられない、転機の日が俺を迎えた。


† † †


「ミルフィオーレ?」

「そうだぞ、新興マフィアだが油断ならねぇ。既にボンゴレに匹敵する力を持ってやがる」


書類を捲りながらリボーンはしかめっ面で説明を続けた。

「そこから会合の要請がきてな、まぁボス同士の顔合わせというヤツだぞってことで行ってこい」


敵陣地に1人でかよ、と分かりきったことはもう口にはしない。
ボスの正装を着、念の為グローブも装着していく。


「間違っても勝手に戦争を引き起こすんじゃねーぞ」


冗談、俺がいつ戦いたいなんて言ったんだよ。

いつだってお前らが勝手に俺を敵陣地に送りこむくせに。


返事はせずに扉へ向かうと、雨の守護者とリリスが腕を組みながら歩いてきた。


「今から敵対してるとこと会合らしいわね」

「銃の一発でも喰らってくればいいのなー」


あはははは、と笑い声を背に、俺はボンゴレから出た。

向かうはミルフィオーレ。


憂鬱な気持ちにうんざりする。

別に彼奴に“昔のように”なんで期待しているわけではないけれど。

未だに傷つくこの心は彼奴に何を求めているというの。


† † †


豪勢な造りの扉を何度か潜り抜け、最上階まで上れば付き人が「こちらが我等ミルフィオーレのボスの部屋になります」と宣った。

コンコン、とノックをすれば。
「下がっていいよー2人だけにして。あ、ボンゴレさんは入ってきてー」

と間延びした声が聞こえた。

指図通り付き人は下がってしまい、俺ひとり扉の前に残されてしまった。


え、2人きりって何考えてるの。

敵対、してるよね?

親交しているボス同士の密談ならともかく。


やっぱり密かに殺されちゃう?

ちょっと気合いを入れ直して、扉を勢い良く開いた。


がちゃん


あ、コーヒーカップが割れた。


ミルフィオーレのボスが片手に持っていた高価そうなカップが床に散乱している。


俺は俺で足元がふらついて、閉めた扉に身体を打ちつけた。


「…つな」


「びゃく」


なんで、ここに、いるの



しあわせなゆめのおわり
(誰か嘘だと言って!)






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