運命を定める
ぽつり、ぽつりと。
彼の口から零れだしたのは歩んできた道標。
握られた手はそのままに、ただ、彼の言葉を鼓膜に浸した。
† † †
僕がね、普通とは違うのに気付いたのは10才ぐらいだったかな。
見に覚えのない記憶が蘇えることが増えてきたんだ。
そりゃあ今は役にたつよ、様々な知識が手に入るからね。けれど僕は幼かった。
気持ち悪くて、堪らなかった。
それに加えて幻聴まで聞こえてきた。
自分の声で、何人も、何十人も。何かを僕に伝えようとしているみたいだけれど、それまでだった。
怖くて、気持ち悪くて、自然と聞こえないふりをした。
様子がおかしい僕を両親は病院に閉じ込めた。
それ以来、両親の顔は見ていない。
見捨てられたと気付いたのはいつ頃だろう。いつからかぼんやりと頭の隅で気付いていた。
でも、仕方ない、仕方ないよね。僕だって怖かったんだ、彼らだって気持ち悪かったんでしょ。
そして、病院で隔離されて何年かたって。ある男が指輪を持ってきたんだ。
『マーレリング』
男はそう言った。僕にしか使えない、僕だけが選ばれたと。
何を知っているの、と問えば。
『あなたは世界の王となるのです』と。
世界はね、何通り、何万通りの道があるんだって。パラレルワールドっていうんだけどさ。
僕はその横の世界を繋げれるんだ。
つまり、世界のどこかにいる僕と記憶や知識を共有できるんだ。
男はね、その力を使って世界を動かせばいい、自分の好きな世界にすればいい、そう僕に言ったんだ。
それはいい!そう思ったよ。
こんな世界、壊しちゃおうって。なんで僕がこんな力を持たなきゃいけない世界があるのって。
だからね、ミルフィオーレをつくったんだ。
世界の知識を使って部下を募って。他の世界でも彼らは僕の部下だったから。
力を溜めて、財を貯めて。
裏世界の信頼を勝ち取って。
男はいつの間にか消えてた。もう今は顔さえも覚えてないよ。
裏世界の勢力図を塗り替えて、トップのボンゴレと張り合えるぐらいになった。
でも世界は未だに気持ちが悪い。
ついてくる部下が僕を神聖視するようになれば気持ち悪さは一層増した。
はやくはやくこわしたい。
そんな時、出逢ったのが君だった。
幼い顔立ちに、琥珀色の髪。光の差し具合では金色に輝く瞳は僕の心に焼き付いた。
一瞬の出逢いにはしたくなくて、強制的に約束を取り付けた。
嫌がられるかと不安だったけれど優しい君はすぐさま頷いてくれたね。
次の日来てくれた時の嬉しさは表現の仕様がない。
喋って、笑って、約束して。
毎日毎日繰り返し。
僕の心は満たされていた。
君といたら、世界が柔らかく煌めいた。
不思議で不思議で仕方なかった。皆、僕のコトを『白蘭』と知ってても知らなくても、神かのように崇拝して、畏怖して、近づかないのに。
君は自然と隣にいた。自然と目線が横にいて、笑いあって、冗談さえも言える、優しい世界を造り上げた。
笑いあう幸せも、隣り合う愛しさも、全部全部君が僕に教えてくれた。
失くしたくないな、と初めて執着心が僕の奥底から覗きはじめた頃、真実を知ってしまった。
僕はミルフィオーレボスで、
君はボンゴレボス。
敵対関係にある組織の頂、相容れない存在。
綺麗な綺麗な何も知らないでいられた世界が壊れてしまった。
涙を流す彼を抱き締めることも出来ない立場に後悔した。
調べ上げた『ボンゴレボス十代目』とはかけ離れていて困惑して。
女を襲ったとか、虐めたとか。けれど、そんなことはどうだってよかった。
信じるのは目の前にいる『つな』だけで、欲しいのは『ボンゴレボス』じゃない、『つな』だった。
そう、考えついた瞬間、世界が開けたんだ。
世界中の僕の声が何を言っているのかやっと分かったんだ。
“あのこをたすけて”
† † †
「………俺なの?」
「うん、確信した」
色んな世界でも僕と君は出逢っていて。
幸せにふたり暮らしている世界もあれば、互いに幸せを願って離れて生きるふたりもいたり。
片方が死んで、悲しみにくれるひとりもいれば、復讐に燃えるひとりもいて。
「その中でも僕らふたりは異端なんだ」
君はどの世界でも仲間に愛されていて。そこまで僕に依存しなかった。
「きっと他の世界の君なら僕がミルフィオーレボスだと知ったら仲間の為に僕から離れたよ」
「……そう、」
ぎゅ、と握られた手を強く握りしめた。
その依存にさらに依存した僕。他の世界では有り得なかったこと。
だから、他の世界の僕は危惧している。
何か、起こってしまう。
だけど、幸せになって。
そう、願っている。
「だから、決めたんだ」
「何を?」
紫の双眼がぎらぎらと剣呑に光った。
「ボンゴレを狩るよ」
うみのおうはのろしをあげる
(君を籠から出してみせる)
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