虎穴虎子を往く




「中学入学おめでとうございます」


長い机に豪華な食事を散りばめて。
広い広い食堂にはミルフィオーレ全員が集まっていた。
いつもなら皆様々な地方に飛んでいっているが今日は特別。

ミルフィオーレ団員が見つめるその先に。

我等がボス 白蘭様とNo.2 綱吉様が柔らかく微笑んでいる。
それだけでも嬉しいのに、全員が集まるのは稀で、皆浮き足立って。

今日は2人の中学入学の祝杯会。
2人の成長に比例して、大きくなる組織に賛辞を述べて。


「皆、ありがとう」

「感謝してるよ……さ、食べなよ」


白蘭様のその一言で、乾杯の音頭が取られ、皆食事に手をつけ始めた。

笑い声と雑談と。

家族を失った、居場所を失った者の寄せ集め。
幸せそうに、幸せそうに笑う家族を眺めて、頂の2人も幸せそうに笑った。


「ブラックスペルとホワイトスペル、仲良しで良かった」

「ホントだね、いつのまに仲良くなったんだか」

前の生ではあんなに仲悪かったのに、と首を傾げる白蘭様に。


「家族の仲は親次第ですから」

と宣えば。


2人とも食事の手を止め、黙ってしまった。
おや?と不思議に思い、顔をまじまじと見れば。

ほんのりと頬を赤くする白蘭様と、真っ赤な綱吉様。


「びゃ、びゃく考え過ぎだって」

「……今のは桔梗が悪いよ」


口を尖らせて責任をなすり付ける主に、ああ、と合点がいって。


「……赤飯を準備しておくべきでしたね」


「やめてほんとにやめて」

「桔梗、言うようになったじゃない」


頬が赤いまま、眉をつり上がらせたボスに。
いけないいけないと、その場からとりあえず退散。



そうか、やっと、やっと。

十数年愛し続けて、やっと全てを手に入れたのですね。

大事に、大事に守り続けて。
大切に、大切に慈しんで。

やっと手に入れた温もりは、どれほど至高のものだったのでしょう。

想像も、現実に叶えることも容易いことでは無い。


ああ、羨ましい。

それほど愛せる人に出逢えた奇跡に嫉妬してしまう。
それほど愛せる人と繋がる幸福に感動してしまう。

よかった、本当によかった。


あの2人が幸せそうに笑っていて、本当に良かった。





ミルフィオーレで記憶を持ち合わせている団員は意外と多く。
真6弔花では私とデイジーだけだったのに、特に忠誠心が強かった者にそれは顕著に現れた。

(まあ前の生で忠誠心が薄かった者は入団を許可しなかったのもある)


神と持ち上げていた団員は少なからず動揺した。
柔らかく、笑いあう主に。

まるで人間じゃないか、と。

けれどその神々しさが衰えることは無く、幻滅する者もいなかった。
逆に、自分と同じという親近感に涙した。

傍に、いてもいいのかと。
家族だと、微笑んでくれるのかと。

あれだけ、壁を感じていた前の生。
その壁をするりと抜けて、団員を白蘭様に近づけてくれたのは綱吉様だ。

白蘭様とは違った大空。
言葉にするのは難しいけれど、やはり私を含む真6弔花が天候だからか。
大空に惹かれて止まない。


記憶を持たない団員は、というと。

ミルフィオーレの創立が早かった為に、頂に添えるボスが幼いのは当たり前で。
片手にも満たない年齢のボスに、違和感が拭えない者が大多数。

けれど、年を重ねる毎に。

白蘭様の統率力に、心惹かれて。
綱吉様の包容力に、心絆されて。

前の生とは比べ物にならない固く、結ばれた組織が出来上がった。

この組織、否、家族なら。



あの、組織を頂から引きずり落とせる。
どれだけ、許しを請いても許しはしない。

許しは、しないのだ。






「……なーに難しい顔してんだよ、今日くらい笑えってバーロー」

「ザクロ」


乾杯、と酒を樽ごと持って来た嵐の守護者に吃驚しつつ。
それもそうですね、と笑った。


「もう中学かー早ぇなぁ」

「発言がオッサン臭いですね」

あなたまだ20代前半でしょう?と問えばうるせぇ、と睨まれた。


「でかくなったなぁ、ボスらも、組織も」

「ええ、真6弔花も揃いましたしね」


綱吉様の膝辺りできゃっきゃと騒ぐブルーベルと彼女と同じぐらいの子供達。
雨を司る彼女もやっとこの前保護することが出来た。

白蘭様が死んで、彼女の暗い闇を覗くような瞳が忘れられなかったが、
今のあの眩しいくらいの笑顔に安心させられる。


「GHOSTってのはいねぇんだろ?」

「……あれは恐ろしいものですから」


白蘭様はGHOSTを封印した。
封印、というよりはこの生では呼び出さない、とのこと。

他の世界の僕にも、君達にも嫌な思いさせちゃうしね。
あの時はごめんね、と目を伏せるボスに。

あれは、仕方の無いことですから、としか言えなかった。

過去の、まだ白蘭様を知らない綱吉様が。
まさかボンゴレ側として白蘭様を倒しに来るなんて。

その事実を知った時の我等が神の表情は。
何とも表現し難くて。


崩れた、の一言でしか、私の言葉では。



ごめん皆、僕じゃ、僕じゃ駄目だ。

初めて聞いた弱音に、守護者は目を見開いて。
いまいち愛を理解できない私達は、只、悲しかったのを覚えている。

そうか、愛は人を変えるけれど。
人を強くも、弱くもするのか。


自分の手は下せないと判断した白蘭様はGHOSTを呼び出して。
私達守護者の炎を吸収して強くなる彼は、ボンゴレに多大な被害を被った。

只、私達も息絶え絶えになり、ミルフィオーレにも被害は大きかった。



もう、つなの人生に組み込んでるからね、あの未来はあり得ない、と。
残った雷のリングは私の指に収まっている。


僕でもいいけど、ね。
僕は大空も包まなきゃいけなくなったから。
リーダー、頼むよ。

そう言って優しく笑ったボスの顔が忘れられない。
そんなこと言われたら、断るなんて死にも等しい。


「羨ましいぜ、全く」

突然かけられた言葉に意識を浮上させる。
どうやら長い時間、雷のリングを見ていたらしい。


「羨ましい?」

「守護者の2核だぜ、どんだけ頼られてんだってーの」




『重かったら、返してもいいんだよ』


琥珀を煌めかせて、綱吉様は私にそう仰った。
雷のリングを受け取って、1週間後のことだった。

白蘭様が偶々不在で、お茶のおかわりを差し上げようと部屋に入ったときだった。

ふふ、と柔らかく笑う綱吉様に、意図が分からず黙っていると。


『それ』

明らかに綱吉様の指は私の指にある雷のリングを指していて。

『返しても、とは白蘭様が?』

『いいや?俺が勝手に言ってるだけだよ』

『……大丈夫です、重くは、ありませんので』


お茶のおかわりに、ありがとう、と微笑まれて。
つい、と軽く雷のリングを小さい小さい手でなぞられた。


『いいんだよ、言ったって』

『……え?』



守護者ってだけでも重いのに、それも2核なんて。
責任と、部下の人数も倍になって。

びゃくね、悩んでたんだ。

君ひとりに背負わせるのはきついよねって。
壊れちゃったらどうしようって。

でも、誰に頼もう、と考えたときに。
桔梗しか思い浮かばなかったって。

頼んだら快く引き受けてくれたけれど。
真6弔花は僕の頼みを断るなんてしないんだよ。
その筆頭がその桔梗。

僕に、嫌だなんて言えるわけないもんねって。



『言って、いいんだよ』


びゃくに言いづらかったら、俺に言ってもかまわないよ。
それで咎められることなんて無いし、呆れもしないよ。
だって君達が選んだボスだろ?

そんな不甲斐ない主なんかじゃない、だろ?

嫌なことは嫌だって。


だって、だって。



『俺ら、家族なんだから』



ああ、絆される。

白蘭様の想いにも、それを繋ごうとする綱吉様にも。

泣きそうになるのを必死にこらえて。


『……お心遣い、ありがとうございます』


『精一杯、2核の守護者を務めさせていただきます』


至らないところがあれば、直ぐさま仰ってください。

家族、なんですから。





そう宣えば、深く深く。
幸せそうに笑った。

共に過ごす時間が増えれば増えるほど、納得が出来た。
彼が、私達の主が命を懸けた人かと。

ぐるり、会場を見渡して。
ばらばらに座る守護者の視線を辿れば。

やはりその先は白蘭様と綱吉様で。


幸せ、幸せなんだ。
これが、幸せというものなんだ。

家族や世間から疎まれた私達を、優しく包む、大空ふたり。

ひとつと目が合えば、そのひとつが片割れを呼んで、ふたつでこちらに笑いかけてくる。



「……愛されてるって、初めて分かりました」

「……そうだな、愛情なんて理解できないと思ってたのになぁ」

「私達がふたりに向けるこの感情も愛なんでしょうかね」

「さっむいこと言うなよ……でも、そうなんだろなぁ」



愛して、愛されて。

血の繋がりなんて皆無な私達が『家族』を語るなんて笑われるかもしれないけれど。
それでもこの温もりを知ってしまったら、もう。


あのふたりから離れることなんて、出来やしない。




















宴も終盤に差し掛かり、白蘭様が守護者に向かって手を招いた。
真6弔花が前に出そろったところで、お二人も席を立ち、団員の方を向いた。


「皆、忙しいのに集まってくれてありがとう」

白蘭様が言葉を紡げば、先ほどまで騒がしかった会場は一気に静まり返り、
何千の視線が白蘭様に注がれた。


「今日は僕らの中学入学祝いがひとつ。もうひとつは決起会も意味してるんだ」


……決起会?

その言葉に少なからずもどよめきが生まれる。



そのどよめきを制するかのように、綱吉様が言葉を発した。


「俺が中学2年のとき、黄のアルコバレーノがやって来る」

そいつが俺にボンゴレボスを強要するんだ。
それが後々の戦争の原因。


「けれどもう人生の軸が狂ってるからね、いつ来ても可笑しく無い」


険しい顔の白蘭様に、これがどれだけ重要なことか団員にも伝わったようで。

そう、今までの動きは下準備。
これから大きく私達の日常は動き出す。

危ない仕事も増えて来るかもしれない。




「でも、俺はミルフィオーレのNo.2だ!」


ボンゴレボスには絶対ならないし、彼奴らの言う事を聞く気も一切無い。
ボンゴレを裏世界の頂点に置いておくことも許さない。
あの前の生のような戦争は絶対起こさない。

ミルフィオーレの、俺らの家族には手を出させない!


「だから、皆、付いて来て欲しい!」


嫌な事もあるかもしれない、
涙する事もあるかもしれない。

だけど、皆が幸せになれる未来がその先にあるのなら。



「僕らが皆を守るから、信じて付いて来て欲しい」


彼奴らに勝つには君たち家族の力が必要なんだ。




そう白蘭様が纏めれば、団員達はわぁっと歓声をあげた。

白蘭様の煌めく白髪に、綱吉様の琥珀色の瞳の輝きに、感化されたように。
団員達の瞳は綺羅綺羅と輝いていた。


親に必要だと、神に信心をと告げられれば、感激するに決まっている。



「がんばろうね、びゃく」

「うん、君の為にも、家族の為にも頑張るよ」


うっすらと目尻に涙を溜めて、お2人は心に誓って。



その誓いが聞こえていた私達守護者はさらに心を固めることになってしまった。


守って、みせます。

未来永劫、その背に付いていきます。



この先、どんな未来が待っていようと。


このふたりだけは。




幸せに笑っていて欲しい。




































「来た」


その言葉に横を歩く片割れをまじまじと見つめる。


「……もう?」

「うん、間違いない」


入学祝に決起会。
先ほど終わっていい気分で帰路についていたというのに。


一気に不機嫌になる琥珀色。

「つな、半眼になっちゃってるよ」

「あ〜もうほんと嫌だ」


口を尖らせるつなに、ちゅっと口づけをして。


「ちょ、ここ外!」

「誰もいないって」


元気、出た?と顔を覗き込めば。
真っ赤な顔がこくこく上下に頷いた。

林檎みたい。美味しそう。


「大丈夫だって、さっき言ったでしょ」

「え?」



君の為にも、家族の為にも頑張るよって。




















がちゃり。

玄関のドアを開いて。
ただいま、と一言発せば。

足元から発せられるその返事。






「ちゃおッス」











来たな。


そう笑えば、ぴり、と空気が変わった。











さあ、たたかいをはじめようじゃないか
(今こそ雌雄を決するとき)






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