一人じゃないから寂しかった



何を着ていこう。

さらりとワンピース?レースのスカート?
いやいやあえて気張らずにすっきりとパンツスタイル?

鏡の前でひとりファッションショーを開催するのが日課になってきたこの頃。

白蘭にあんなに明らかに好意を見せられて、動揺しない訳がない。
ちゃんと好きって言われた訳じゃないし、思い上がりかもしれないけれど。

好きな人の前ではせめて可愛い格好ぐらいしたい。
可愛いって、思われたい。

横にいても、見劣り、見劣り……はするけど可笑しくない程度には!


今日は水色のワンピースに決めて、白の上着を羽織って。
鏡でいろんな角度から見れば、後ろから熱い視線。


「ツッくん、デートなの?」


うふふ、と何故か嬉しそうな母さんがドアから覗いていた。


「ちょ、見ないでよ!」

こんな恥ずかしいところ!

わたわたとすれば、時間大丈夫なの?と尋ねられ。
え?と壁に掛かっている時計をちらりと見ればもう12時。

「やばい!ランチに誘われてんのに!」

ばたばたと階段を下りて玄関へ急ぐ。
忘れないようにバスケットをしっかり手に取って。


「デートなんだから汗かいちゃ駄目よ?」

危ないし走っちゃ駄目だからね、と念を押されて。
いってきます!と待ち合わせのあの喫茶店へ。




「……明るくなってくれてよかったわ」


可愛いひとり娘。
血筋のせいで長年苦しめられて。
ようやく友達が出来たと思ったら裏切られて。

逃げるように異国の地を踏んだけれど。
自分を偽って生きるというのはなかなかの負担だったみたいで。

最初は戸惑って履かなかったスカートも今は嬉しそうに選んで。
きっと好きな男の子の為ってのもあるだろうけれど、こっちまで嬉しくなってしまう。

良かった、笑うようになってくれて本当に良かった。



只、心配なのは。

家光さんの帰りがいつになく遅いということ。
























「いらっしゃい」

カランコロンとドアの鐘が店内に響いたけれど、いつもの指定席には誰もいなくて。
あれ?早かったかな?とキョロキョロしていると、女店主が俺を手招きした。

「待ち合わせなんだろう?一杯サービスだ」

カウンターにかちゃりと置かれたカップの中には
美味しそうなカフェモカが湯気を立たせて。

「ありがとうございます」

女店主の優しさに甘えて、カウンターに着いた。

「で?どうなんだい?」

「?」

「例の白髪の彼とはうまくいってんのかい?」


ごほっとカフェモカが喉に詰まる。
熱い、喉も熱いし顔も熱い。

「もう半年かい?1年たったかね?彼と食事を摂るようになったのは」

「な、なんで…」

「あらいやだ客のことはぜーんぶ覚えてるよ!」


あっはっはと豪快に笑う女店主とは対照的に恥ずかしくって苦笑いしか出来ない。
でも、と優しい目で言葉を繋いだ女店主は。

とてもとても嬉しそうに。


「彼があんたといてあんなに幸せそうでよかったよ」


きょとん、としていると優しく微笑まれた。



「……知らないほうが幸せってこともあるからね」



え、

どういう、こと?


ばくり、心臓の音が五月蝿い。

”ボンゴレ”の4文字が頭の隅にこびり付いて離れない。
この、身体に流れる血は、嘘を付けない。



『……4地区では連日銃撃戦が…死者の確認が…』



「嫌だねぇ、また戦争かい」

ラジオから流れる男の無機質な声。
物騒な事件を淡々と語るのが少し怖い。


「……4地区って…」

「ここは16地区だからね、まだ遠いけれど…」


これは彼も大変だねぇ、とため息をつく。


「彼?白蘭がなんで大変なんですか?」

「なんでって……」

俺の様子を見て、ああ、と合点がいったのかうーん、と言葉を選んで。


「彼はここらの地区を守る仕事をしているからさ」


そうだったんだ…と驚く俺に、詳しくは本人に聞きな、と助言してくれた。
あまり他人から彼の事を聞いてもあんたも嬉しくないだろ?と。


「にしてもボンゴレはなにしてるんだか…」

「ボン、ゴレ?」


なんで、今その4文字が出てくるの。
おぞましい、俺と俺の家族を縛るあの紋章!


「そうさ、今各地で起こっている戦争は全部あのボンゴレが仕掛けてんだよ」

裏世界で頂を掲げる奴らが何をトチ狂ってんだか。



そんな、ボンゴレが。

今率いてるのは9代目?
でも、あんな温厚そうな9代目が自ら戦争を起こすとは思えない。

じゃあ、他の人が10代目を?


でも、待って、待って。

それに、白蘭が巻き込まれてるってこと?





「ごめん、待った?」

はっと声がする方を振り向けば、約束をした彼の姿。

「ううん、大丈夫」

「なっかなか仕事が片付かなくってさー」


マスター、僕にもなんかちょ−だいあっまいの!
かたん、と俺の隣に自然に座る。

な、なんか近い。
大丈夫かな、俺汗臭くないかな?


白蘭の声に反応したのか、少し奥に引っ込んでいた女店主がひょこっと出て来た。

「おや、やっと来たのかい」

女の子を待たせちゃ駄目じゃないかい!と、女店主は
すぐさま甘そうなカフェオレを白蘭の目の前に置いた。


「え、やっぱすっごい待った ! ?」

「大丈夫!全然 ! !」

「お腹すいたでしょ、なんか頼む?」

ほんとごめん!と焦ってなにか頼もうとする白蘭を制止して。
隠していたバスケットをおずおずと彼の目の前へ。


「……あの、迷惑、かもだけど」

「……ぇ、まさか、作ってきてくれたの?」


こくん、頷くと、にこーっと破顔して。
じゃあ近くの公園行こ!とバスケットをするりと奪われてしまった。
喫茶店を後にして、足は公園へ向かう。
空いた手はいつの間にか彼の手の中。

……手、のなか?


あああああ手ぇつないでる!
嘘!手が!手が ! !

どきどきしすぎて手に汗かいちゃう ! !

あああ離したいけど離したくない!


「ふ、百面相」


柔らかく紫目を細められて。
恥ずかしい、恥ずかしいけれど、
この胸に広がる甘い幸せはどうしようもない。






「あそこのベンチにしよっか」

お茶買ってくるから座ってて、と自販機へ向かってしまった白蘭。
この間に準備しとこう、とバスケットをベンチに置く。

サンドイッチにポテトサラダ、出し巻き玉子、きんぴらごぼう、
デザートにはイチゴ。

母さんに習って作ったけど、大丈夫、だよね?
玉子とか、ちょっと形が歪だけど…


「わ、おいしそージャン♪」


自販機から帰ってきた白蘭がお茶をひとつ俺に手渡す。
ありがと、と受け取れば、食べてもいーい?と首を傾げられた。

「いただきまーす」

早速問題の玉子に箸を付けた。
どうか舌に合いますように…!


「おいしい」


甘さがぴったり、とどんどん箸が進む。
良かった、ああ口元が緩む。

何回も作り直してよかった。
父さんのお弁当をいつも嬉しそうに作る母さんの気持ちがやっと分かったよ。


「もう嫁にきちゃいなよ」

ね?と顔を急に覗き込むものだから、後ろに仰け反ってしまった。
うう、顔が近いよ!


「…もっと、うまく、なってか、ら」

「いつかは来てくれるんだ?」


にやにやと俺の髪をいじる。
結婚の了承をしていることに気付き、恥ずかしくて正面を向けば、
こっちみてよ、と髪を優しく撫でられた。


「……いじわる」

「でも好きでしょ」


悔しくて箸に刺さったままの玉子を食べれば、
あああ最後の!と青ざめてしまった。

涙目でまた作ってくれる?とくれば仕方ないな、と返す俺に。
ありがと、と絆創膏を巻いた俺の指をそっと撫でた。

(怪我したの気付いてる…!)

ちらり、白蘭の顔を伺い見れば、本当に嬉しそうだから。

こんなちっちゃい怪我で、この笑顔が見れるなら。


「そんな傷たいしたことないよ」

「ふふ、ありがとう」

僕の為に、とそっと絆創膏に口づけをされた。
その美しい動作に、まるで自分がお姫様になったかのような錯覚。


きらきら、綺羅綺羅。

不思議だな、不思議なの。


君といると世界が輝くの。























「白蘭ってここら辺の地区を守る仕事ってほんと?」

ランチを食べ終わって、ベンチでまったり。
少しだけふたりの距離が空いてるのは俺の恥ずかしさから。
ただ2人の手は優しく重なっていて。


「……そーだけど、誰から聞いたの」

女店主、だけど聞いちゃ不味かった?と尋ねれば。
そんなことないよ、と苦笑された。


「その、”ボンゴレ”っていうのと戦争してるの?」

「うーん、戦争ってまではいかないけど、一方的な攻防戦だよ」

僕らそこまで力持ってないからね、守るので精一杯。
対して相手は裏世界に君臨する大組織。

困ったもんだよーとため息をつく。


「な、なんでその”ボンゴレ”は戦争を仕掛けているの」


大丈夫?

声、震えてない?




「なんか、10代目を探してるんだって」





え?





「隠してたら容赦しないって意味での制裁」







え?





俺?








俺、なの







「とばっちりを受けたくない弱小マフィアも探し始めてるって話だよ」










ああ、そんな、

なんで、なんで。


俺の、せいなの。

俺が、逃げて、逃げたせいで関係のない人まで死んで。
関係のない人達が悲しんで。


俺、俺がいるから。

白蘭は傷ついて、いるの?






「大丈夫、そんな心配そうな顔しなくたって」







白蘭、

白蘭。




ねぇ、俺なんだよ。

俺の、せいなんだよ。





そう、言ってしまえたら!








「僕が、君も、君の大切なものも全部守るよ」










ねぇ、ねぇ、

どうしたらいい?




あなたを傷つけたくないよ。

でも傍で笑ってて欲しいよ。



だけど、俺が、いなかったら。

あなたはもっと、もっと。












「……どうしたの、なんで泣くの」



「泣いて、ないよ」



「泣いてるじゃん…」



ぎゅう、と抱きしめられる。
暖かい、暖かいのに、なんだか冷たい。



寂しい、寂しいの。




性別を偽って、その嘘を止めたと思ったら。
今度は血筋を偽って。


彼の前では本当の自分を見せている気になっていたけれど、
全然そんなこと無かった。

偽りだらけ、嘘ばっかり。



マフィアなんて知らない、みたいな綺麗なふりをして。

冗談、裏世界の頂に君臨する存在じゃないか。





「今日は、帰るよ…」

「送るよ」


ううん、と首を横に振って。


「いいの、ひとりになりたい気分だから」

「……分かった、気をつけてね」



心配そうな白蘭と公園で別れて。

ふらり、ふらり帰路につく。









やっぱり、俺は馬鹿なんだ。

彼に、近づくべきじゃなかった。




俺は、大切なものを持つべきじゃないんだ。


嘘を付いて、傷つけて、悲しませて。

何度繰り返したら分かるんだろう。






あの、守護者たちには。

嘘の自分の上での友情だったから、仕方が無いのかもしれない。
そんな中で本当の友情なんて築けるわけがないもんね。

でも、俺が女の子ってことを抜きにしても俺の事を信じてはくれなかった。


そして、母さんと父さんを傷つけた。
俺の、嘘のせいで。

長年慣れしたんだ街も、誇りに思っていた仕事も捨てて。

俺の、せいで。





そして、白蘭。

言って、しまえばいいのに。

「俺の名前は本当は”沢田綱吉”です」って。


そしたら、円満解決、じゃないか。



















ああ、寂しいよ、寂しいの。



結局、偽りだらけの俺はひとりきり。




ひとり、きり。







男だって偽ったあの守護者達の和にも、
普通だって偽った彼の傍にも。


俺には居場所がないよ!


(だって偽らなきゃ傍にいてくれなかったでしょう!)







知らなきゃ、よかったんだ。

最初から。




友達の大切さも、

彼を好きになるこの気持ちも。




そうしたら、こんなに寂しくは無かったのに。





















結局、どうしたらいいか分からないまま家にたどり着いた、けれど。




「………え?」



何、この血。

路地から引き摺るように玄関へ続く赤い道。




え?

え?


混乱する頭とは裏腹に超直感は直ぐさま答えを導きだしていて。














「父さん………?」













あなたがこのこどくをおしえるの
(ほらまた大切なものが壊れてく)






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