焦燥、焦がれて
「……は?」
なんというマヌケ面。
こんなに顔が崩れたのは初めて見た。
「もっかい言いましょーか?」
「いや、いい」
ここはトキワジムの奥も奥。
書類やら本やらが積み上げられている机やその周りは今にも崩れそうで。
ぐらぐら、上手いことバランスを保っている。
その机に向かっていたのがこのマヌケ面、部屋の主、グリーンさんだ。
この人過労死すんじゃないかってぐらいの仕事量。
カントージムの総指揮だしなぁ、まだ14歳だってのに。
偉大なる博士の孫っていうレッテルを貼られて。
いくら頑張ってもその影に邪魔されて。
それをやっと乗り越えた努力と才能。
もう今や〜の孫なんて言われやしない実力。
けれどそれを軽々と幼なじみに追い越されるってどんな気持ちなのか。
運が悪かったのかその幼なじみが稀に見る天才ってだけで。
きっと彼がいなければこのジムリーダーが四天王の上をいく存在だったろうに。
「で?なんでお前俺が手持ちパーティ持ってるの知ってんの?」
これ知ってるの極僅かなんだけど。
じとり、緑の双眼が俺を覗き込む。
あ、怪しまれてる。
「コトネから聞いたっす」
なんか噂になってるって。
「んだよそれまじかよ ! ! 」
あーもうジムリーダーってプライベートもねぇ!と頭を抱える彼に。
気付かれないように、ひとつ安堵のため息。
よかった、気付かれなかった。
後でコトネにも根回ししとかなければ。
ジムを度々空けてまで探す幼なじみに聞いただなんて気付かれたら、
一体彼はどんな顔をするのだろうか。
くんくん。
もぞもぞ。
くすぐったい。
「ゴールド、お前風呂入ってんのか?」
「入ってますよ失礼な」
部屋のベッドに丸まっていたイーブイが俺の周りをうろつく。
何か気になるらしくニオイを嗅いだり前足で掘ってみたり。
首を傾げて俺を見上げる可愛い黒の双眼。
可愛い。
可愛いけれど今日はじゃれ合う為に来た訳じゃあない。
「勝負、してくれますよね?」
「あー……いいぜ、後悔すんなよ」
がたり、机から立ち上がった彼はもう書類を片付ける作業者ではなく、
威厳を放つジムリーダーの顔をしていた。
ぞわり、肌が泡立つ。
シロガネ山の頂にたつ彼には及ばないけれど。
強者の、もとい王者の風格を醸し出す目の前の人に。
思わず、口元が笑みを型どってしまうのは仕方が無い。
(やっぱり俺もバトル狂!)
「じゃ、ジム閉め切ってするか」
リーダーの自室から出ようと2人歩みを進めれば。
後ろからとことこと可愛らしいしっぽを振って付いてくるちっちゃいポケモン。
(……イーブイ?)
今までバトルの場についてくることなんて無かったのに。
(グリーンさんから離れたく、ないとか?)
ぱちり。
イーブイと目が合えば。
あれ、なんか。
あの黄色い悪魔がダブって見えた、のは気のせい?
………おいおいおいおい ! !
まじかよ ! !
クソ強い。強いってモンじゃない。
さすがあの頂のライバルを張ってきただけある。
全員Lv80超え?
でもLvごり押しじゃ勝てないのは分かってる。
レッドさんとは違う、細かく計算された戦い方。
的確、的確に嫌なところを突いてくる。
くそ、性格わりぃ!
えーと、ジムのメンバーがナッシーにウインディ、カイリキー、
ドサイドン、と、バンギラス、ピジョット。
なかなかなパワータイプが勢揃い、なのに対して。
手始めにプテラ。
続いてギャラドス、サンドパン、ストライク。
そしてウインディ。
え?2匹目?どゆこと?
ジム用にもう一匹育て上げたってこと?
「くそ、やっぱ強えーなお前」
「茶化さないでくださいよ」
あと1匹まで追い込んで。
いやいやこっちも後1匹だけどさ。
相棒のバクフーンがHP満タンで。
もしかしたら、勝てるかも。
いや、勝ってやる。
そして、レッドさんに認めてもらおう。
今や貴方のライバルは俺だけなんだって。
幼なじみに、固執しなくてもいいんだって。
そして、最後のモンスターボールに手を。
ん?
手を、かけない?
「いってこい、イーブイ!」
その呼び掛けに、グリーンさんの後ろでバトルを大人しく見ていたイーブイが、
とことことバトルフィールドに出てくる。
「ぶい!」
可愛い。
元気よくにこにこと笑うイーブイについつい口もとが緩む。
え?
てかまじで最後がイーブイ?
あからさまに戸惑う俺に、グリーンさんが不敵に笑った。
「イーブイをなめんじゃねーぞ、おら、『あくび』!」
「うわ!ほんっとー性格わりぃ ! !」
くわぁ、と可愛いイーブイのあくびにつられてバクフーンもぐわぁ、とあくびをする。
やばい、けど一発でかいのを喰らわせば大ダメージは違いない。
それだけ基本的能力値が、違う。
これに当てはまらなかった黄色の悪魔が脳裏で笑う。
いやいやいや、あの悪魔は規格外だから。
「バクフーン、『ふんか』!」
ぐぉぉぉぉお!と大きい炎が辺りを包み込んで。
激しい炎の乱舞がイーブイを襲う。
「ぶいぃッ……」
「イーブイ、耐えろ!『じたばた』!」
ぇ、そんな。
気付けば俺の相棒が地に、伏して。
確かにあの残り少ないHPからの『じたばた』は脅威だけれども。
一発、一発って。
「ばぁく、」
申し訳なさそうに俺を伺い見るバクフーン。
こいつには分かってるんだろうなぁ、俺がグリーンさんにどうしても勝ちたかったの。
「ごめんな、バクフーン」
ゆっくり休めよ。
そう言ってモンスターボールに戻して。
相棒に気を使わせる、なんて。
くっそ、くやしい。
「イーブイ、よくやった」
わしゃわしゃとイーブイを撫でるジムリーダー。
イーブイは本当に嬉しそうだ。
「…なんスか、そのイーブイ。強すぎません?」
「そりゃあ俺の最初のポケモンだからな」
ぴかぁああああ!
あ、幻聴が。
ここにいるはずもない黄色い悪魔のボルテッカーのかけ声がした。
ここにもいた。
規格外。
ピカチュウといいイーブイといい。
彼らの相棒の壁が厚すぎる。
「……今度は、負けないっスから」
「おう、楽しみにしてんぞー」
けらけらと笑う余裕そうな態度に若干苛つきつつ。
自分のポケモンを回復させようとジムを出て行こうとした。
「……ゴールド、お前さ」
「何スか?」
「本当に、レッドの居場所知らねぇか?」
ばくり。
心臓が嫌な音を立てた。
「……知らないって言ってるじゃないスか」
何なんスか。
嫌な汗が出るけれど、平常心を保って。
そう問えば、俺の足元に視線を注ぐジムリーダー。
不思議に思って下を向けば、バトル前とデジャヴ。
イーブイが俺のニオイを嗅いで、すり寄っていた。
「いや、俺のイーブイ、レッドのピカチュウと仲良いからさ」
お前からピカチュウのニオイがすんじゃねえかと思って、さ。
そんな反応、ピカチュウにしかしないから。
「……昨日サファリ行ったんで違うニオイすんじゃないっスか」
苦しくそう言い訳すれば、そっか、と手を上げてお見送りしてくれた。
「……もし見つけたら教えてくれな」
「はい、じゃあまた今度」
トキワシティを抜ける直前に。
振り返ってみればグリーンさんはジムの中に入ったらしく。
はぁぁぁぁぁ。
気を抜かす為に大きくため息をして。
焦った。
まさかイーブイで気付くとは。
「言い訳、苦しかったかな」
足元から見上げてくる小さいふたつの黒曜石。
悲しそうに、寂しそうに見えたのは気のせい?
教えてよ、どうして教えてくれないの、と責められているみたいで。
「昨日珍しくピカチュウが俺に近寄ってきたもんなぁ」
静電気の嫌がらせだったけれど。
「ま、イーブイには悪いけど、ね」
まだ、レッドさんの居場所を教える気にはならない。
せめて、バトルで俺が勝ってから。
(だって、悔しいし?)
恋愛でも、バトルでも負けるだなんて。
それならちょっとぐらい、独り占めしたっていいでしょ?
(一番仲のいい後輩って位置づけでもいいから、さぁ)
(傍にいさせてよ、レッドさん)
「強かったな、ゴールド」
久しぶりにバトルできて嬉しかったのかニコニコ顔のポケモン達。
唯一イーブイだけは顔を俯かせているけれど。
強く、強すぎるほどに力をつけてしまった手持ちパーティは、闘う相手がいないほど。
弱い奴にこいつらを出してしまうのは失礼な気もしたし(こいつらにね)、
俺だってつまらないバトルはしたくない。
安心して、期待して出せたのはレッドくらいなものだった。
その、レッドがいなくなってから3年がたつ。
「どこに、いったんだろなぁ」
その言葉に、俺のポケモン達が笑顔を一転、悲しそうに顔を歪めた。
そうだよなぁ、お前ら。
レッドのこと好きなんだもんなぁ。
そんなところまで主人に似なくたっていいのになぁ。
「ぶい…」
「お前もピカチュウに会いたいだろ」
俺も、会いたいんだよ。
小さい頃からずっと一緒にいて、
一緒に旅に出て。
離れたって、どこでなにをしたって。
心は通じていたはずなのに。
可笑しいな、いつのまにか離れてしまっていた。
もう、何を考えているか分からなくなってしまった。
苦労して手に入れたチャンピョンの座も捨てて、
親元にも帰らずに。
今、どこで何してる?
何を、考えている?
可笑しいな、昔は分かり合えたはずなのに。
一体、いつから。
いつから。
心が、見えなくなったんだろう。
どこに、いるの
(俺の、大切な、大切な)
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