後悔という名の



倒れた大空のアルコバレーノをベッドに運ぶ。
熱い。手が火傷しそうだ。
苦しそうに呻く少女をそっとベッドに降ろして。

彼女の周りの人間はどうしたのだろうか。
独りでボンゴレまで来たのだろうか。

まさか、大空のアルコバレーノ兼ブラックスペルのボスなのに?



「殺され、ました、よ」


気絶していたかと思っていたら、虚ろな目で天井を見上げていた。
果たして天井を見ているのか、それとも天井に何かを映しているのか。



「ここに来るまでに、ボンゴレ側からも、ミルフィオーレ側からも攻撃されて」

もう敵味方入り乱れて、混乱状態だという。
ボンゴレからはブラックスペルもミルフィオーレだからと攻撃され、
ミルフィオーレからはブラックスペルはもう敵だと言わんばかりに。


「…ブラックスペルはもう私ひとりです」


ふふ、寂しいでしょう。

力なく笑う少女に何も言えず。
歴史あるファミリーをその小さな背中に背負って重荷だったろうに。
その重荷を一緒に支えてくれた仲間を無惨に目の前で殺されて。


「……でも、あんなホワイトスペル…真6弔花は初めて見ました」

知らなかった。
崇拝しているとは思ったけれど、あそこまでとは。

正気を失っている、あの目。

悲しい、苦しい、許さない。


「彼らの叫びが聞こえすぎて、苦しいんです」


ぽろぽろと泣き出した小さな巫女は、怖い、と呟いた。


「戦争は、私の力では止められません…その前、に」


ごぽり、ごぽり。

血が、止まらない。


「もういいです、大空のアルコバレーノ。ゆっくり休みなさい」


にこり、笑っているつもりなのか笑えていない少女は。


「もう、駄目なんです」

もう、耐えきれない。
非力な私ひとりでは世界を支えられない。


「世界、を支える?」

「マーレリングとボンゴレリング、そしてこのおしゃぶり…この3つの力で世界を支えているのです…」

でもきっと、あのふたりはリングを壊したのでしょうね。
力を感じませんから。
いいえ、リングはこの際どうだっていいのです。

大空が在ることに意味があるのですから。



「ぇ、つまり、あなたひとりに負荷がかかっている、ということは…」


「……もうふたりはこの世界にはいないのでしょう」



そんな!

そんな!


もう永遠に彼と会えないなんて ! !



青ざめて何も言葉を発さない僕に、少女は僕の心を見透かしたのか。


「…何故、助けなかったのです」

ボンゴレの内部が荒れ果てている、とは耳にしていたけれど。
綱吉兄様とあの守護者達だから大丈夫と思っていたのに。

まさかそこに亀裂が出来ていたなんて。
過信せずに、きちんと話を聞けばなにか違ったかも知れない。

なんてもう、今更なのだけれども。



「……そ、れは彼がきっといつか立ち上がる、と思って、」

「…………嘘を、つかないでください」


じとり、巫女が僕の瞳を捕まえて放さない。


嘘じゃない。

待って、いた。


待って、いた?



「……あなたにも”恐怖”という感情があったのですね…」


虚ろな目が瞼に隠されてしまった。
体力も限界なのだろう。眠りについてしまった。


もうこの瞼が開かなければいいのに、と不謹慎にも思ってしまった。


見透かされる。

この卑屈で浅ましい心が。



そういえば、綱吉君も同じような目をしていた。

大空は皆、あの見透かす目をしているのだろうか。















夜が、明けて。

予告通りに大規模な戦争が始まってしまった。

明確な意思を持ったミルフィオーレ、もといホワイトスペルは強大で。
確実に、確実にボンゴレの人数は減っていった。
勿論ホワイトスペルの人数も減少していくのだけれども。

只でさえ戦える人数が少ないというのに、
ボンゴレリングが使えないとなると、焦りと鬱憤は溜まる一方。

ボンゴレを離反していく者も多かった。
元々ボスを卑下することに不信感を抱く者も少なくはなく。
それに戦況を冷静に見て離れていく者もいた。
いい例がザンザス率いるヴァリアー。
彼らは綱吉君がいないと分かると直ぐさま大勢の部下を連れてどこかへ消えてしまった。



「くそっ ! !」

「なんでリングが使えねーんだよ!」

リングが使えない不慣れな状況で、怪我は増え続ける。
守護者も明らかに人数が足りない。

あれ、誰がいないのでしょう。
けれどもうそんなのはどうだっていいんです。


「ダメツナの大空の炎があればなぁ…くそッ」

「……ねぇ、あるじゃない、大空の炎」


え ! ?

雲の守護者の言葉に、皆期待の眼差しを向ける。


「ヒバリ、どこにだよ」

「リリスの子供、あれ11代目なんでしょ」


ああ ! !
盲点だった ! !

希望が見えた!とはしゃぐ彼らに、黄のアルコバレーノは直ぐさま携帯を取り出して。


「タルボ爺にAランクの大空のリングを作ってもらってその波動で
お前らのリングも復活するだろーな、でかしたぞ、ヒバリ!」

「すぐにリリスも連れてタルボ爺のところに行こうぜ!」

「ああ!全員で行けばリリスも11代目も守れるしな!」


大空のアルコバレーノが寝ている部屋に多めに警備を敷いて。
生き残っている全員でタルボ爺の家に足を向けた。






















「無理じゃ」


その一言に、皆口が開いて塞がらなかった。


「何故!」

「何故って…お主ら大丈夫か?」

特にリボーン、と一瞥を暮れる老人に。
訳が分からない、と赤ん坊が首をひねった。


「お主も衰えた、と言ってるんじゃよ」

「な、に!?」

あまりの暴言に、他の守護者も言い過ぎなんじゃねーの、と老人を責める。
その様子を黙って受け流した後、11代目を指差して。



「この坊主に大空の素質は無い」



「は?」

「なに?」



「そんな訳ねぇだろ、タルボ爺」


あくまでも認めない彼らに、はぁ、とため息をついて。


「もっと簡単に言ってやろうかの」


もう一度、11代目を指差して。



「この坊主にボンゴレの血は流れておらん」



「なっ… ! ! !」

嘘だろ、と青ざめて。目を見開く守護者達に。
事の重大さが分かっていないのかボンゴレ夫人はきょとんとしていた。

「リッ、リリス!てめぇ誰の子供を産みやがった ! ?」

「……なぁに?この子が11代目でしょう?なにか他に問題があるの?」

この子が次代の頂で、私が世界の母になるの。
それが全てでしょ?

「ちが、違うのな、リリス」

「……その子に沢田の血が流れてなければ役立たずだよ」


焦る守護者の言葉にやっと気付いたのか、青ざめるボンゴレ夫人に。
指輪を形作る力を持つ老人は背を向けた。


「出て行ってくれ、ワシはもうお前らとは付き合いたくはない」


淀んだ、瞳。
ああ、その目は。

裏切られた大空の瞳とよく似ている。


”俺の子じゃないよな!?” ”だいたいリリス、なんで…!”
と言い争いながら守護者と赤ん坊は老人の隠れ家から出ていった。

僕もそれに続こうと、足を進めた、とき。


「霧の守護者、お主も早く背を向けなされ」

「……ご忠告ありがとうございます。ただ、もう…」

「離反する力も、残っていないか?」


彼が、いないのならば。

この世界に未練はありません。
何をすればいいのかも、分からないのです。


「もう、消え行くのを待つ、というのかね」

「ええ」


「リングが泣いておるぞ」

「……泣いて、る?もう力は残ってないでしょう」



大空がいない今。
もう、指輪はガラクタだけれども。

初代守護者の魂は少しばかりながら残っているらしく。




「”愚か者”と泣いておる」



顔を伏せてしまった僕に、ゆったりと部屋の奥へ歩みを進めて。



「さようなら、最後の霧よ」

大空がこの世界を厭むのであれば、消え行くのもまた道理。



「え?」

最後、の霧?




「達者でな」

















老人に別れを告げられたあと、外に出て見れば違和感。


ぽろぽろ、ぽろぽろ。

……雨、が降ってきた?



冷たい。

冷たいのは、この身体なのか。

それとも、それとも。




途端、震える内ポケット。
ボンゴレ専用の携帯が着信を知らせる。


「はい」

『た、大変です ! ! 』





『ユ、ユニ様が息を引き取られましたっ…! ! 』










ああ、そういうことでしたか。


ユニ、解放されたのですね。
よかった、もう苦しまずにすむ。


まだなにか喚いている携帯を地に落として、空を見上げた。


ぽろり、落ちていた雫が急に速度を増して。

ぼろぼろ、ぼろぼろ。



まるで、世界が泣いているみたいじゃないですか。


空が、少しずつ欠けてきて。
雨だと思っていた雫は世界の破片。

がらがら、崩れる。

大地も空気も震え、終わりを告げていた。



『『『ぅああああああああああぁあぁぁぁぁぁあああああああ!!!!』』』



何重にも重なる叫び声。

人とは違うその声に、世界が泣き喚いていることに気付く。



何を、そんなに悲しんでいるのでしょう。


自分が壊れ行くことに涙しているのか、

愚者に貶められたことに嘆いているのか、


愛し子に世界を拒絶されたからなのか。





崩れ、消えていく。
人も、植物も、全て、全て0に戻っていく。




『愚か者』と泣いた霧の初代守護者。

それは、どういう意味だったのですか?



何もせず、消えるのを待ったから?

(いいえ、いいえ)


さっさと綱吉君に憑依してボンゴレを潰さなかったから?

(いいえ、いいえ)


彼を無実だと知っていて何もしなかったから?

(いいえ、けれど遠からず)




(分かって、いるでしょう?)



(君が、本当は)



「……彼に、拒絶されるのが怖くて手を差し伸べなかったからですか……!」




優しい、彼に。
もし、もしも、差し伸べた手を振り払われてしまったら。

もうどうすればいいか分からなかったから。


あの、憎しみを浄化された黒曜での一戦から。

彼という存在は自分でも計り知れないほど大きくなっていた。


支えで、救いで、甘えだった。

でも、認めたくなくて、突き放して。


傷つく彼を放置した。


それでも、大事だって奥底では気付いているから傍に寄ろうと試みるけれど。
今更って憎まれるのが怖くて怖じ気づいて。

でも、だって、でも、の繰り返し。


結局、僕だって君の心を信じなかった愚か者。



ぱきり。



ああ、とうとう指輪も壊れてしまった。

なにか、頬が冷たいのに気付く。



世界の叫び声が止まるどころか激しくなっていく。
頭が狂ってしまいそうだ。



ゆっくり、意識が遠のく。



ブラックアウトする直前に脳裏を掠めた、ものは。



守護者の真ん中で、優しく笑う彼の姿だった。










































「以上です……その後は気付いたら僕は実験施設にいました」

必要だと思い、この忌まわしい目を移植してもらった後に脱走して。
そして記憶と現在を整理して、今この世界が塗り替えられたものだと気付いたのです。


ふぅん、と話を聞き終えたミルフィオーレボスがにこり、嘘臭い笑顔をひとつ。


「僕らは世界に選ばれたみたいだね」

「…選ばれた?」

「そ」


僕ら大空に嫌われないように。
僕らふたりが生きやすい世界に塗り替えた。

記憶を持たせ、能力を引き継ぎ、互いを引き合わせた。

僕ら以外の世界を嫌う事のない人を大空に選べばよかったのに、
再び世界は僕らに固執して”大空”という世界を支える大役を任せてしまった。

まるで子離れできない親みたいに。


今度こそは、今度こそはと。


この世界を、好きになって。
この世界を、見放さないで。

この世界で、幸せになって。



「それなら必ず幸せにならなきゃね」

「なるに決まってるでしょ」


だって、ふたり一緒にいるのだから。



ぎゅっと、手を握って。
繋がっているのを再確認して。

世界を裏切ることはないよ、と心の隅で誓って。







「……それで、骸。お前はなんでここに来たの」

紫の双眼から、赤と青のオッドアイに視線をずらす。


「…君が気に、なってきました」


その言葉に、白蘭の片眉が少し上がった。


「なにそれ、前の生では放置だったくせに?ちょっと調子いいんじゃない?」

「それは、分かっています。ただ、記憶を持っていないのと持っているのでは未来が変わるので、」

「”僕が守ろう”ってゆーこと?巫山戯ないでくれる?」


言葉の攻防戦に、白蘭いいよ、と綱吉君がミルフィオーレボスを引き止めた。
その一言で引き下がる彼に目を見張る。

あの、傍若無人だった、化け物が。



「いいよ、骸。俺にはこいつがいるから」

守って、くれるから。
俺だって、こいつを守るから。

つまりは、役不足。
言わなくてもお前なら分かるよね?


「綱吉君、君は分かっていない」

「何を?」

「彼と、彼と出会わなければ全ては起こりえなかったことなんですよ」


マーレリングの覇者とボンゴレリングの覇者。

そんな2人が出逢って、惹き合うなんて分かりきっていること。
だって他に自分の横に立てる人なんて皆無だったのだから!

けれど、そんな2人が共に連れ添ってしまえば。
世界の力関係が傾く。
バランスが崩れることは明白で。


「前の生で何があったかは知りませんが共にいてはいけません」

再び世界が傾いてしまう。
いくら世界が貴方達ふたりを望んでも。

それはふたりの仲を祝福している訳ではない!



「何も分かってないのはお前だよ、骸」


にこり、口元だけ笑う彼の笑顔は。

あの、世界が壊れる前に見た優しい笑顔とは余りにもかけ離れていて。


ああ、泣きそう!



「白蘭と出逢ってなければ壊れていたのは世界じゃなく俺のほうだ」

「僕もだよ、出逢わなければ僕が世界を壊していただけだよ」


生きる意味を見いだして。
この世界の素晴らしさに気付かされた。


「あの世界を壊したのはお前らだ」

「綱吉君……」


「俺は許さない、俺だけじゃなくびゃくにも手を出した」

ぎらぎらと復讐の炎を目に灯す僕らの大空。
いくら罵倒されてもこんな目はしなかったのに。


「知らないよ、この世界がどうなろうと。俺はびゃくと、その家族を守れればいい」

「ねぇ。大空が幸せなら世界も万々歳でしょ」


ふふ、と笑い合うふたつの大空。
その目は優しく澄んでいて。

もう、もうその目を向けてくれることは、ないのでしょう。





「骸、消えて」

俺の前に二度と現れないで。


「お前は直接何をしたわけじゃないから手は下さない」

けれど、彼奴らと共にいれば、お前まで憎むことになる。
巻き込まれたくなければ、傍観者でいればいい。





「綱吉君、すみません、すみませんでした」


僕の遅すぎる謝罪に、彼は目を伏せて。









「さようなら、俺の霧」










「もう、闇に関わらず光の下で生きろよ」



最後の最後で琥珀色を優しく滲ませて。

あの、優しい笑顔を、僕に。




















ふたつの影が、遠くなる。

優しく、優しく手を繋ぐ彼らの姿は夕闇に消えていった。



僕は目が離せずに、ずっと、ずっと。

彼らの後ろ姿を見つめていた。




僕が、欲しかったあの小さな温もり。

この先、ずっと彼が繋いでいくのだろう。





忘れない、忘れはしない。

唯一の大空へのこの想いも、最後の笑顔も。


忘れることなんて出来やしない。






ゆるりと、頬を冷めさせる。

世界が壊れる前に感じたあの、冷たさを思い出す。



胸が苦しい、息が詰まる。

大声で叫んでしまいたい。



けれど、そんなことをしたって彼は振り返ってはくれないでしょう。






止まらない、その術を知らないこの後悔は。



僕の足下に永遠に絡まって。



(抜け出せない、抜け出さない)


(これが、枷か)





きみのてをとるゆうきがほしかった
(そんなこと、今更、今更。)






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