輪廻を巡る者
「綱吉君、僕を覚えているんですか」
信じられない、というように伺う彼は間違いなく俺の守護者だった、六道骸。
藍色の変わった髪型も、赤と青のオッドアイも健在で、前の生を同じように繰り返したことが推測された。
(その眼が埋め込まれる前に逃げようとはしなかったのか、逃げる力が無かったのか)
俺に問い掛けていても、視線はずっと俺とびゃくを繋ぐ手に定められていて。
「骸、そんなに気になる?」
腕を上に挙げて、白蘭と繋いだ手を頭の位置でゆらゆら揺らせば。
嘘臭い笑顔を一変させて、険しい顔で白蘭を睨み付けた。
「僕の思い違いで無ければ、彼は敵だったはずですが」
どういうことだ、と。
裏切ったのか、と暗に聞いてくる霧の元守護者につい笑ってしまった。
「何が可笑しいんです」
「ふ、お前も変わらないね」
情に薄そうで意外と情が厚いこの男は、大切(そうに見えていた)
仲間を裏切る元ボスが信じられないらしい。
「裏切ったのはお前達だろ?」
ねぇ、と白蘭に首を傾げてみれば、ねー、と間延びした返事が笑顔と共に返ってきた。
「たっ、確かにそうですが君はボンゴレを継ぐ者でしょう!将来ボンゴレを壊滅させるかもしれない男と何故共にいるのです!」
こいつの目的は『マフィア壊滅』だったはずなのに何を血迷っているんだか。俺がボンゴレを継がなきゃマフィアの王座は崩れてしまうというのに。
「何故って、一緒にいたいからに決まってるジャン♪」
あはは、と笑う白蘭にぎろり、赤と青を睨ませて。
「何を企んでいるんですか、ミルフィオーレボス」
白蘭はその問いには応えず、骸を一瞥した後視線を俺に投げかけた。
言ってもいいの?と。
「……ボンゴレ抹消、だよ」
跡形もなく、壊してあげる。
にこりと笑えば、霧の元守護者は顔を崩してしまった。
「……ミルフィオーレボス、そんなに世界が欲しいんですか、綱吉君を誑かしてまで!」
彼は甘いからそこにつけ込んだんでしょう!
「…今欲しい世界はもう手の中にあるよ?」
琥珀色の綺麗な世界が!
「俺らはふたり、とその家族。平和に暮らしたいだけなんだよ、骸」
お前と違ってね。
だから、許さない。
やっと繋げたこの手を引き離す奴らなんて、絶対に許さない。
俺たちが互いの意思で隣に立つ様を見て、骸は顔を伏せた。
肩が震えてる。泣いて、いる?怒って、いる?
「……君は変わりましたね」
いつもいつも何があっても最優先は僕ら守護者だったのに。
殴られても、罵られても結局は傍にいてくれた。
知っていましたよ、分かっていました。
君があの女に嵌められたことなんて。
でも、たったそれだけだ。
そんなちっぽけなことだったんです。
誰が信じると思います?
他の守護者が皆あの女を信じるなんて。
君に期待していた組織まで手の平を返すなんて。
そして何より君が抵抗しないなんて!
「……馬鹿だったんだよ、幼かった」
気付いてくれるかもしれないと、本当は信じてくれているかもしれないと。
そんなものは皆無だと頭では分かりきっていたのに。
「皆、君の優しさに甘えたんです」
好きに奮っても壊れやしない強さが仇になってしまった。
辛い戦いの中で鍛え上げた心の強さがさらに拍車をかけてしまった。
『彼になら何をしても許される』と。
「ほんと馬鹿だね、偽りの正義を振りかざしちゃって」
くく、とニヒルな笑みを浮かべた白蘭の手が冷たい。
ぎゅっと強く握られた手が何故だか悲しい。
ああ、俺の為に怒ってくれるんだね。
ああ、俺の為に悲しんでくれるんだね。
ごめん、ごめんね。
早くこのしがらみから抜け出して君にはずっと笑っていて欲しいのに!
「信じて、いました」
この、僕が。
嗤えるでしょう?
「君が立ち上がり、反旗を翻すのを」
意外だった。
ぽつりぽつりと想いを吐露する目の前の少年は本当にあの霧の守護者?
俺のことを認めていたのか。
そんなことにも気付かない俺って本当に鈍い。
けれど、骸は俺に幻想を抱いているみたいだ。
「俺はそんなに強くない」
ちらりと隣の白銀色を見やって。
「立たせてもらったんだ」
それで、やっと生きてたんだ。
重いかもしれないけれど、生きる理由。
そう宣えばやわらかく泣きそうに笑うから俺まで泣きそうになった。
「だから、お前がどうこう言う資格は無いよ」
お前に白蘭を愚弄することは許しはしない。
それは俺を嘲るということで。
一緒なんだ、ひとつなんだよ。
はぁー、と気を落ち着かせる為か、息を大きく吐いて。
骸はずっと絡んでいた視線を外して、手で顔を覆ってしまった。
「……何故、何故よりによってマーレリングの覇者を…」
「?」
「どういう意味、骸」
ああ、影が延びる。そろそろ帰らなければ不審がられるのに。
「……あなた達は知らないのですよね、死んだ後ですから」
死んだ、後。
俺が白蘭を灰にして、共に海へ沈んだ世界。
一体、何があったというのか。
デイジーは死にはしなかったが気を失っており気付いたら世界が変わっていた、と。
「何があったの、骸クン」
憎しみも、憤りも浮かばない綺麗な紫色が骸を写した。
写った霧の元守護者は、ぽつり。
不自然な笑顔を浮かべて。
「世界が泣き叫ぶ音が今も耳から離れないのです」
それはせかいのおわるおと
(気が狂うほどの悲壮に耐えられない!)
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