*


ふたつの檻



今日は何の花にしようか。
あまり入ってはいない財布から小銭をかき集めて花屋へ向かう。

大きな花束なんて買えやしないから、一輪だけ。
みすぼらしくてごめん、と謝れば、彼は嬉しそうに目を細めたから。

あの顔が楽しみで今日も俺は足繁く通う。
重い足を進めて、彼が入院している並盛病院へと。


 




「調子はどう?」

窓を開けて、風を部屋へ送り込む。
カーテンがはためくけれど、それさえも気持ちがよくて。

買ってきた花を渡せば、ありがと、と柔らかく笑ったものだから。 
ああ、また買ってこなくては、と簡単に決心してしまう単純さが少し憎らしい。


「綱吉クンが来てくれるからすっごい元気!」

にこにこ、白蘭が本当に嬉しそうで。
来てよかった、と毎日毎日安堵する。

彼に、嫌がられてしまったら。
彼さえも俺を拒絶してしまったら。



俺はもう、もう。 




「大体復讐者も頑張りすぎだよね」

そう言って溜め息をつく白蘭の身体を覆う包帯が痛々しい。

ちらりと頭の先から足先まで軽く視線で辿られて、かちり、最後に視線が絡まる。
遠慮のない視線にたじろいで、顔を背けると、ぐい、と無理やり顔を彼の方に向けられてしまった。


「綱吉クンも頑張り中?」


「痛っ!」

ぐ、と口の端の傷を指で押さえられてびくり、体が跳ねる。
その様子が可笑しかったのかくすくす白蘭は笑った。


「まだ疑われてるの?」

「俺、やってないのにまだ騒ぎは続いてるんだ…」




半年前から続く騒ぎ。
ちょうど、復讐者達が現れて、次代のアルコバレーノ達を決める戦いが始まった頃だった。

守護者達の様子がおかしかった。
その時からもっと気にしていればよかったのだろうけれど、頭は復讐者との戦いでいっぱいで。

少しずつ、少しずつ。
守護者達の物が壊されていったらしい。

小さい物はシャーペンから、大切に、大切にしていたものまで日ごとに増えていったと。


「お前なんだろ?」

「え?」


ぎらぎらと猜疑心がちらつく7人の瞳。


「俺じゃない!俺じゃないよ!」

「じゃあ他の誰がこんな芸当できるっていうのさ」

「そうですよ、僕らに気づかれず僕らの私物に手を出せる人物なんて限りがある」


今まで見たことのない7人の顔。

怖い。

怖い。


「大事なものを無くした俺らを慰めるふりして本当は笑ってたんだろ」

「最低、ボス」


「ちが、俺じゃない」


必死の弁解も皆の耳には届かない。
それどころかさらに、皆との距離が離れていくようだった。


「信じて…」

「……じゃあなんでお前の私物は一個も壊れてねーんだよ!」

「……!!!」


それからはもう早かった。
皆俺から距離をとり始め、見かけたら暴力を奮うようになってしまった。

アルコバレーノ達も戦いには感謝しているがただそれだけだった。
終わればすぐ背中を向けた。
リボーンは「少し頭を冷やしやがれ」とイタリアに帰ってしまった。
見捨てられた、とすぐに分かってしまった。

父さんも母さんも見ないふりをした。
俺を『いないもの』として扱った。
そうだよね、将来は大組織を継ぐんだもん、追い出しは出来ないよね。
いちばん、いちばん悲しかった。


けれど、唯一。
普通に接してきたのは白蘭だった。

桔梗から「並盛病院にお見舞いへ行ってはもらえませんか」の一言で、かつては敵だった彼に
依存する日々が始まってしまった。



「部外者の僕はあまり手を出せないけれど、話ならいつだって聞くからね」

口元にあった手が離れたと思ったら、腰を抱かれて病院のベッドに倒れ込んでしまった。
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられて。

苦しいけれど、嬉しい。
人の温もりを感じさせてくれるのは彼だけだ。


帰りたくない、学校に行きたくない。
彼のもとにずっといれたら。

そしたら、きっと、きっと…


もう、いっそのこと、このまま。


ぎゅ、と彼のシャツの裾を握り締めたら。


 

「死にたいとか考えてる?」



どくり。

あまりの直球に、あまりの図星に声が出なくて、見上げると。
紫の瞳が怒りを称えていた。


「許さないからね」

「白蘭」


「お願いだから、ひとりにしないで」


怒っているのか泣きそうなのかよく分からない顔を覗かせて。


ねぇ、なんで泣きそうなの。

ねぇ、なんでひとりの俺より寂しそうなの。



ねぇ、ねぇ、ねぇ。


溢れ出そうな言葉の渦を喉でせき止めて、
彼の懇願に、ただ頷いた。



ねぇ、どうして。


もう、答えは分かりきっているけれど。





     












なんで、この子なんだろう。
どうして、この子でなければいけなかったんだろう。


腕の中で少し震える彼を落ち着かせるように、
ぐっと腕の力を強くした。


ちっちゃい、細い。
身体なんか僕にすっぽり隠れてしまうのに。
この子に未来で負けたのか、と思うと不思議で堪らない。

その不可思議さに惹かれたのが始まり。
そして実際に逢ってみれば堕ちてしまった。

強い、光。
その瞳から、存在から溢れる光を、手に入れたい。

この光に比べたら、世界なんてちっぽけだった。



けれど、光を手に入れることは容易くはなかった。
なんせ光は平等に皆へ降り注ぐ。

無条件に彼の傍にいれば与えられる温もりに、
当然のような顔をしている周りの奴らが。

憎くて憎くて仕方が無かった。






だから。だから。

手を、伸ばしてしまった。


いけないことだとは分かっている。

けれど、本能が理性を粉々に壊してしまった。



「許さない」だなんて、嗤っちゃう!

ほんとは、その言葉を君に呟いて欲しいんだよ。



許さないって、信じられないって。


ねぇ、心の底から蔑んで。

ねぇ、親の敵のように憎んで。


ねぇ、ねぇ、ねぇ。


溢れ出そうな言葉の渦を喉でせき止めて、
彼の沈黙を、ただ受け止めた。


ねぇ、どうして。

何も、言ってくれないの。



きっと、優しい君は、分かってる。




















「綱吉様、少しお時間よろしいでしょうか。」


病室から出て、帰路を辿ろうとしたところを桔梗に捕まってしまった。


「どうしたの、そんなに憔悴して」

らしくないよ、と暗に言えば、
まっすぐに、俺を見ない。


「………お伝えしたいこと、が、あり、ありまして」


身体が震えてる。汗が滴る。
彼の緊張がこちらにまで伝わってくるみたいだ。


「桔梗」


「ゆる、許して頂けるとは思って、お、りません」


「桔梗」


「あの、一連の騒動、貴方様の守護者た「桔梗!!」


俺の意外な大声に、びくりと肩を震わせて
ようやく桔梗は視線を合わせてくれた。


「落ち着いて、お前がそれを口に出してしまえばボスを裏切ることになる」


その言葉に端正な瞳をこれでもかというように開いて、青ざめてしまった。


「知って、いたのですか」

「……全部、知ってるよ、分かってる」


ああ、痛い。

彼奴らに殴られた身体が悲鳴を上げてる。





「……白蘭がお前ら真六弔花に命令して俺の守護者の物を壊してるって」





「……っ、申し訳ありません!!」

膝から崩れ落ちたかと思うと、彼は土下座をしてしまった。


「桔梗、止めて、おれは怒ってないよ」

腕を無理矢理持ち上げて、土下座を止めさせれば、なんて情けない顔!


「なぜ…」

「本当に、怒ってないよ」


「なぜ、分かってて白蘭様のお傍にいてくださるの、ですか」


まるで、不気味なものを見るかのように、彼は視線をさ迷わせた。

それは懇願のようにも見えるけれども。




「桔梗、俺はね、白蘭が好きなんだ」
 
「そ、れは貴方様が独りになって白蘭様しかいなくなったから、ではなくてですか」

ううん、と頭を横にふる。


「白蘭も気付いていたと思うよ、俺達はずっと前からお互いに好意を持ってた」

「それならば、あんなことはしなくても良かった、のでは……!」


「駄目だった」 




そう、駄目だった。

俺達は信じることが出来なかった。
自分自身のことも、お互いのことも。

きっと、汚い世界を見過ぎたせいなのかな。
信頼と裏切りを繰り返す狭間で、出逢ってしまった俺達は、自分に向けられる好意を真っ直ぐ受け取められなかった。

本当に?
本当に僕が好きなの?

疑うことばかりが多いこの世界じゃ大好きな君の気持ちまで疑ってしまう!



「裏切りは悲しかった。でもね、俺は嬉しいんだ」


俺を傷つけてまで俺を欲しがってくれるなんて!

君の心も同じくらい傷つくことなんて分かりきっていたでしょう?



「……可笑しい?可笑しい、よね」


分かってる、分かってるんだよ。
それでも俺達にとっては大切なことなんだよ。


傷つく度に、愛を確かめて。

傷つける度に、愛を感じて。



そうやって俺達は均衡を保ってる。
生と死を半ばをゆらゆら揺れて、相手の気持ちを伺って。


なんて、なんて。



「白蘭には、言わないでね」 


俺が、知ってること。

分かってるとは思うけどね。


「こんなことで壊したい関係じゃあないんだよ」


「綱吉様、それでは、あまりにも、あまりにも…」


桔梗、お前だけじゃない、彼の元に集う者達はみんな優しいね。
きっと立場が逆転してもお前達は彼を信じ抜くことだろう。

彼は、俺の元に集う奴らの性根も見抜いて、

見抜、いて。



「あいつが俺をどんな手を使ってでも欲しがるように、俺だって欲しい」


独りになったって、
何もかも捨ててしまって、
誰からも背中を向けられたって、

どんなに傷ついたって!



「俺だって白蘭が欲しいんだ」




















「桔梗」


「……ザクロ」


どうだった、と視線だけで問われて、否定の意味を込めて下を向いた。



「バーロー、お前が止めなきゃどうすんだよ!」

「思ったより、深かった…」



お互いが、お互いを望んでいるのに。

ふたり、手を絡めて深い深い海の底へ堕ちていくようだ。


誰もいない、真っ暗な底へ。


傷つけて、傷ついて、お互いの周りに近寄る者を排他して。


いつか、誰もいない底へ辿り着いたら、その時やっと分かるというのか。
相手が自分しかいないということが。



「悲しい」

「……お前が、泣くな」


泣きたいのは、きっと俺らの主とその想い人だ。
涙を零してしまえば今まで溜めてきた言葉が溢れてしまう。


きっと明日も明後日も、傷だらけの琥珀色が白銀の病室を訪ねてくるのだろう。

主でもある白銀は、とっくに治っているはずの包帯を巻いて、琥珀色を待ち望んで。

そして私達は琥珀色が大切にしていた者達の宝物を壊しにいく。


繰り返し、繰り返し。



あのふたりが『ふたりだけ』だと気付くまで。



ああ、なんて、なんて。










ふたり、たがいのおりにとじこめて
(愚かだと嗤って欲しい)






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