黒衣の影
教室にふたつ、机を向かい合わせに並べて。
大人には少し小さい椅子に姿勢よく座る。
外はもう橙色に染まっていて、烏が山に帰ろうと、仲間を呼びかけていた。
もうそろそろ帰って夕飯を作らなければ。
焦る気持ちを抑えて、担任の先生の言葉に耳を傾けた。
「いや、2人ともとてもいい子ですよ」
眼鏡をかけ直しつつ、にこやかに担任は宣った。
「本当ですか?」
「ええ、勉強も運動も非の打ち所がありませんし、生活態度も申し分ありません」
よかった、と安堵の息が漏れる。
ここは小学校の教室。中学校へあがる前に二者面談を設けてもらった、のは。
ビャッくんは長いこと預かっているけれど、いつもいつもツッくんの方ばかり向いていて、いまいち性格も把握できない。
私に向ける表情はいつもニコニコしていて、こんなことを言ってはいけないのだろうけれど、子どもらしくなくて、少し怖い。
そして私の子ども、ツッくんは。
ビャッくんが来てからは大分笑ってくれるようになってくれたけれど、あの私に向ける無機質な眼。あからさまに心を開かない我が子に、どう接すればいいのか分からなくなってきた。
家でそうなら学校はどうだろうと、上手くやっているのか気になって。
もっとあの子達のことを分かりたい。
担任に探りを入れるなんて母親ながら情けないけれど他に手段が見つからない。
「二人ともとても落ち着いていて、クラスの子は特別視しているみたいで」
何かするときは二人の意向を気にする子ばかり。
「影響力が強いんでしょうね」
たまに、教師さえも怯んでしまうあの威圧感はいったいどこから?
「あの、嫌われてたりしません?あの、ちょっと、子どもらしくなかったりするので……」
「まさか!人気者ですよ、ただ周りと精神的に合わないのも周りが分かってきたみたいで、遊びに誘いたくても誘わないんだそうで」
休み時間に2人でブランコにいたり、図書室にいるのをよく見かけます。家でも一緒なんでしょう?本当に仲良しなんですね!
「ずっと、2人きりなんですか?」
「ええ、見てると微笑ましいぐらい仲むつまじくて」
にしても白蘭くん!あの子は本当に天才ですよ……
…………なにかその後も担任がなにか言っていたような気がしたけれど、もう頭には入ってはこなかった。
そう、あの2人は仲が良すぎる。
母親が入り込めない世界を作り上げるって、まだ小学生なのに。
家に帰りついて、あれだけ気にしていた夕飯の支度もせずに、手に握り締めたのは、電話の受話器だった。
「うーん、いい方に向かってると思うけどなぁ」
「家光さん、でも」
「ツナが明るくなったり、勉強・運動は明らかに白蘭くんのお陰だろう?無理して2人を離すとまた元に戻るんじゃないか」
確かに。今より私を拒絶するあの子には戻って欲しくはない。
だけど、だけど。
私のツッくんなのに。
私の、私だけの、1人だけの子どもなのに!
私を差し置いて、遠い親戚の子にだけ心を許すなんて。
私の息子なんだから、私に一番に心を寄せるべきでしょう!
「………そうだな、分かった。1人そっちに寄越そう」
「1人?」
「ああ、俺の親友で家庭教師をやっている奴がいるからそいつに頼もう」
「あなた、ありがとう」
受話器をそっと置いて。
ああ、よかった。きっとこれであの子の心もこちらを向くかもしれない。
第三者によってあの2人の世界が壊れたら。
本当に好きなのは、『お母さん』だって気付いてくれるかもしれない!
足取りが軽くなるのに気付いて、考えることを止めていた夕飯の支度に取り掛かった。
「びゃく、気付いてる?」
「うん、下手くそな尾行だね」
花の名を持つ家族のところから帰る途中で。
明らかに尾けられている。
「どーする?殺っちゃう?」
「びゃく、平和な並盛でそんな大事件起こさないで」
だぁってウザいんだもん、と口を尖らせた白蘭に、確かにね、と周りを見渡す。
「話つけるにもここじゃ人が多い」
「裏路地に誘いこんじゃう?」
賛成、と繋いだ手をしっかり握りなおして一目散に走り始めた。
追い付けない、けれど諦めさせない絶妙な距離感を保って。
思惑通りに相手はすぐに追いかけてきた。
にしても、彼奴が会いにくるのは早過ぎる。
また歯車が狂ってる!
並盛の外れ、裏路地まで走りきって。
最後の最後で姿を眩ませて相手を袋小路に追い詰めた。
息が荒い。相手の心臓の音が聞こえてきそうな静寂に、三人の影が延びる。
「で?何の用かな?」
「………………!!?」
驚いて声も、出ない?
と、いうことは。
此奴、記憶を持ってる!
白蘭も相手の様子で気付いたようで、双眼を険しくさせた。
「答えろよ、俺達に何か用?」
「なぁ、骸」
うらぎりとのさいかい
(わざわざ会いに来やがった!)
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