零れ落ちるもの | ナノ


 庇護愛 


俺に瀬戸結衣という妹が出来た。
妹と言っても遠縁の親戚を一時預かっているだけだから従兄妹なのだが、本当の妹にしてやりたいと思うほど気に入った。
俺は正直女というものに興味がなかった。家族間では妹や姉がいない上恋慕の感情など抱いたことはないため女と接することはほとんどなく、あっても想いを寄せてくる者の恋文を受け取り丁重に断る時くらいだ。だから女と慕うことはない…と思っていた矢先に瀬戸結衣は来た。

濡れ羽のような黒髪、色の白い肌、細い手足。一目見たときから軟弱な奴だと感じた。常ににこにこ笑っていてひどく無防備なところもだ。同じ家に住むこととなっても特に話すことはないとふんでいたが、瀬戸結衣はよく傍に来て話しに来る。それも天気や庭に咲く花、倉にあった書物などどうでもいいことをだ。だが何度も話すうちに…瀬戸結衣といると安らぐようになった。結衣といるうちは己を叱咤することも気負う必要もない。天気や庭に咲く花も己から意識するようになった。


「兄さん、兄さん」

パタパタと板張りの床を駆ける音がし振り返れば淡い萌葱色の和服に身を包んだ結衣がいた。俺のことを慕ってくれているが兄と呼ばれるのはまだむず痒い思いがある。悪い気はしないのだが、どうも迷いない真っ直ぐな好意に慣れない。

「杜若が咲きそうですよ」

柔らかい微笑みを浮かべ庭を見つめている。俺も庭に視線を移すと細長い茎の先にふっくらした蕾が開きかけ紫の花びらを覗かせている。今はさらさらと雨が降っていて花びらに雫が乗っては溢れ、零れていく。

「明日晴れれば咲きますね」
「あぁ」
「杜若は昔布を染めるのに使われていたので"かきつけ花"と呼ばれていたそうです」

前はうっとうしいと感じたうんちくも今では聞いていると凪のように心が穏やかになる。

「杜若を区の頭に置く詩もあります。"唐衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思う"」
「ふむ、聞いたことはあるな」
「意味は、着慣れた唐衣のように親しんだ妻を都に置いてきたので、この美しい花を見るとそれが思い出されてはるばる来た旅路の遠さをしみじみと感じるということです」


いつからだろう、結衣のふわりと浮かべる笑顔に引かれるようになったのは。 濡れ羽のような黒髪、色の白い肌、細い手足…綺麗な奴だと思うようになった。
結衣は妹としても女としてもすばらしいと思うようになった。俺の言うことを何でも信じる純粋さも心使い出来る優しさも誰をも引きつけるのには頷ける。結衣が褒められるたび、俺も誇らしい気持ちになる。



しかし最近厄介なことが出来た。結衣が悪いのではない。あいつに欠点などないのだからな。

…ただ、結衣が仁王の奴と付き合い恋仲になったと聞いた。柳や幸村ならば俺も安心して任せられるだろう…だがあの詐欺師だとは!いつもふざけて本心を語らず平気で人を騙すような輩だ。きっと仁王に騙され遊ばれているだけに違いない。兄として、結衣を大切に思う者として守らねばいけない。


「結衣、アイツはやめておけ」
「何故ですか…?」
「仁王は何度も女と遊び捨てている。結衣も…」
「そんなことないです!雅くんはとっても優しいですし…素敵な人です」

頬を朱に染め幸せそうにはにかむ。何と言うことだ!今まで俺の言うことに反対することなどなかったのに、変わってしまった。もうすっかり騙されている。この俺が助け出さねばいけない。
純粋無垢で心優しい結衣が仁王に汚される前に取り戻せ。
なぶられ蹂躙される前に 早く


仁王雅治……邪魔な奴だ。



真田弦一郎の庇護愛
 (結衣は仁王の女ではない 俺の妹だ)


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