零れ落ちるもの | ナノ


 仄めく恋情 



……そうだ。
ここでだって油断しちゃ駄目なんだ。



「…よし、これで終わり」

干されたタオルやシャツが風に揺れる。
今日は洗うものが少なかったので倉庫から出てきた使えそうな大きなシーツを洗いに出すと物干し竿はいっぱいに。ふふ、逆にいつもより多くなっちゃった。でも綺麗になったから満足です。このシーツは何に使えそうかな…縫ったりすればソファーのカバーくらい作れるかもしれない。

「ふふっ何だかいい光景だな」
「幸村くん…?」
「揺れるシーツの側に佇む可愛いマネ すごく絵になるよ」
「そんな……」

うっすらと汗を滲ませた幸村くんにタオルを渡すと「ありがとう」と笑顔を向けられる。うーん幸村くんの方がもっと絵になる気がします。

「仕事には慣れた?」
「はい!毎日とっても楽しいです」
「良かった。水仕事も多いから手荒れとか大丈夫かい」
「全然平気です」
「……なんか、さ」
「はい?」

「 君にキスしたい 」


一瞬だった。幸村くんに奪われるまで。
気付いたら目を瞑った幸村くんの綺麗な顔があって唇に柔らかい感触がある。頭が真っ白になった。
ただ、駄目って言葉だけが浮かぶ。

「…ゃ……」

バサリとシーツが揺れ私たちを隠すように包む。逃げたいのに逃げられない。両腕は強い力でがっしりと掴まれているのに口付けは優しくてくらりと甘い目眩がする。本当は数秒かもしれない長い長い口付けが終わり幸村くんは少し意地悪な顔で微笑む。幸村くんと…き、キスしちゃった…。
あまりの出来事に腰が砕けるとすかさず腰に腕が回り支えられる。

「くす…俺ので力抜けたの?」
「ゆ、幸村く…!」
「誰にも、ナイショだよ」

しぃーと人差し指を唇に押し当て蠱惑的な笑みを浮かべる。コクコクと頷くと「いい子だね」と頭を一撫でされシーツの陰から出て行った。
バクバクと心臓が痛いくらいに跳ね回る。それは幸村くんにいきなりキスされた驚きと、雅くんに言えない大きな秘密が出来てしまったこと。雅くん以外の人と、キスをした。もちろん言えるわけない。雅くんはあんなに私を愛してくれているのに…こんな、裏切るようなこと。

「(雅くん…どうすれば…)」

私はしばらくシーツの陰から出られなかった。


* * * * *


「結衣せんぱーい!」

赤也くんの声とかけてくる足音でようやく我にかえることができました。幸村くんに不意に…く、口づけられてぼんやりしちゃったけど…どのくらいシーツの中にいたんだろう。

「結衣先輩?」
「あ、ここにいるよ。どうしたの?」
「タオルくださいっす!」

シーツの隙間から顔を出すと赤也くんのくるくる可愛い巻き毛が汗で輝いていた。その笑顔でさきほどまで沈んでいた心がふわりと温かくなる。テニス部の男子はみんな大人っぽくて緊張してしまうけど赤也くんを見ていると安心します。弟がいたらこんなかんじなのかな…?

「ふふ、お疲れさま」

乾いたタオルでぽんぽんと拭いてあげるとくすぐったそうに身をよじって逃げられてしまった。タオルとシーツを洗濯竿から取る時も一緒に手伝ってくれました。

「なんかいい香りっすね。洗剤変えました?」
「柔軟剤使ったんだけど…皆香り大丈夫かな」

香りは人によって好き嫌いが分かれるから正直どうしようか迷っていた。でも赤也くんはまた「大丈夫っすよ!先輩たちも喜んでくれますって!」と明るく笑ってくれる。
不安とか心配が太陽のような笑顔に溶かされていく。赤也くんみたいな弟がほしかった…と私も微笑みました。


「早く渡しにいきましょーよ!」
「わ、待って!」


仄めく恋情
 (ほぅ柔軟剤を使ったか)
 (良い香りですね)
 (女の子がいるとやっぱ違うね)


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