不似合いヒーロー


「くっそ…しつこい!」

走るスピードを抑えながら後ろの集団に毒吐く。
空に浮かぶ太陽は傾き橙色からピンク、紫の淡い水彩色に変わっていく。秋の空はとくに綺麗で毎日見ても飽きることはない。
…なんて空を見てる暇なんかなかった。細い路地に転がるゴミ袋を飛び込え、あたしは後方でぎゃいぎゃい喚いている男子高校生から逃げる。言っとくがあたしが喧嘩売ったとかぶつかった訳でもない。あたしがあの不良亜久津仁の妹、亜久津名前だからだ。昔から兄貴は腕っぷし強くて短気だから喧嘩の売り買いが多く、中学生のみならず高校生からも恨まれている。兄貴に負けたヘボイ男共はない知識絞って身近にいるやつを襲って憂さ晴らししようという考えたらしい。妹のあたしにとってはとばっちりだ。

「お陰で足は速くなったけど!」

小柄のせいで逃げるのには不利だったけど、まぁこれも慣れだ。 このあたりの地形なら詳しいし隠れるポイントも熟知している。逃走に関しても一枚上手だ。いつものルートに入り両サイドにあるゴミ箱を蹴り飛ばし箱や中身をごった返しにしてやる。

「うわっ!?」
「このクソ餓鬼が!」

何人かが引っかかってくれたようだ。ざっまぁ!!年3つも変わらないのにクソガキとか言われたくないね!スピードを上げ全速力で路地を駆ける。あと1ブロック超えれば街の道路に出れる…と言うところで、視界の端に携帯を握る男子高校生が映った。

やばい。顔がひきつると避ける間もなくあたしはそいつの足に引っかかり転んだ。全速力だったため一回転する勢いで転びガリガリと肌が削れた。

「いってえええええ!!」
「ざまぁ。俺らの勝ちだな」

あまりの痛さに転げ回ってると背中を踏まれる。押さえつけられたせいで身動きが出来なくなると後から追いかけてきた連中もぞろぞろとやってきた。くっそ生ゴミで汚れてるくせに威張りやがって!喉まで上がってきた言葉はあいつらが持ってた金属バット見て消え失せた。ほかにも物騒なものを持っている。えええーそりゃないっしょ!?こっちはいたいけな女子中学生なんだけど!

「待った!あたし殴っても兄貴怒らないぞ!」
「だろうな」
「俺らは憂さ晴らしできりゃいーの」
「分かる〜?亜久津名前ちゃん」

目の前で金属バットがコンクリにぶつかりゴリゴリ音を立てる。兄貴の妹ってだけで殴られたり蹴られたりは経験あるけど、さすがにバットは痛いだろうな。冷や汗が流れながらもあたしは冷静でいられた。小学校では上級生の男子に呼び出されて、中学校では男子に追い回されて、でもそこまで大きな怪我をしたことはなかった。
バットが持ち上がりこれから降ってくるだろう痛みに目をつぶる。

ガッッ!!
鈍い音が路地に響く。

けど痛みは降ってこない。押さえつけられていた足もなくなり、目を開けるとバットを持った奴は鼻血を出して大の字にぶっ倒れた。

「……兄貴?」

あたしの前に立ってたのは兄貴こと亜久津仁。一瞬目があったかと思うと兄貴は動き右にいた男が殴り飛ばされる。正面にいた男がナイフを振るってきたが簡単に避けられ鳩尾を蹴られ地面に伏した。至極めんどくさそうに、気怠そうに、中学生が高校生を負かす光景は何度みても圧巻だった。ドカバキゴキャとあまりよろしくない音が路地裏に響き10分もせず静まり返った。もう立ってるのは兄貴だけ。

「兄貴、」

一度だけ座り込んでるあたしを見下げ歩き出す。

「ちょ、兄貴!」
「……おい」
「な、なんだよ」

「さっさと帰るぞ」

低い声で名前と名前を呼ばれる。
あたしは、小学校では上級生の男子に呼び出されて、中学校では男子に追い回されて、でもそこまで大きな怪我をしたことはなかった。だってあたしのピンチには兄貴が現れてるから。 こわーい年上の連中がいても殴り飛ばして助けてくれるから。
心の中で礼を言うともう一度低い声で「おい」と呼ばれ急いでその背中を追う。

今日もありがとうあたしのヒーロー!お礼はモンブランでね!
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