そう言って頭を撫でる母親が大嫌いじゃった。
俺の両親は共働き。父親は年収が素晴らしくいいとこで働いていてしょっちゅう海外へと赴任するから顔なんてめったに見れん。最後に会ったのはいつじゃったのかの。母親は夜の商売のため俺が帰ってくると即家を出る。その出るときに言われる言葉が冒頭のもの。お陰で幼いながらレンジの使い方はすぐ覚えた。ドタキャンはよくあること。発表会にも事業参観にも誕生日会もお仕事お仕事。
ごめんね、と昔は謝られた
しょうがないでしょ、と今は無視
寂しいと思うことは何度もあったが自分が潰れずにすんだのはやっぱり姉弟がいてくれたからだと思う。母親代わりに世話してくれた姉は忙しいながら俺たちに構ってくれた。弟は母親がいないせいでぐずる時が多かったが俺がしっかりせなと思わせてくれた。
まあ今じゃ姉は大学生で一人暮らし。俺は女遊びを覚えてあっちこっちふらふらして泊まらせてもらったりしとる。そうすると必然的に弟も悪い方向に行き同じく女遊び覚えて生意気になったナリ。昔は純粋で可愛かったぜよ。
あの頃は姉弟三人なんとかまとまっとったけどバラバラになったこの状態は家族と呼べるのか。
慣れは怖いもので普通になってた。
電気がついてない家に帰るのも、一人で食べるのも、お金のやりとり等親に関わるもの一切をホワイトボードで済ますことも。
「それ、変じゃない?」
指摘されて初めて気付いた。
「そんなの寂しいよ」
愕然とした。
「人ってね寂しいとどんどん小さくなるの。心や性格じゃなくて、パーソナルスペースが狭まって気持ちが小さくなって身動きが出来なくなるの」
自分はこんなにも苦しくて悲しくて寂しいのに言われるまで気付かんかったなんて心が麻痺でもしちょるんじゃろか。心がズキズキするし心臓をきゅっと掴まれたように痛い。
「……仁王泣いてるの?」
「お前さんのせいナリ」
「気付かないより気付けて良かったじゃん」
「…………」
『良い子にしててね』
悪い子にしてれば今苦しまかったんか?それとも悪い子は見捨てられただろか。良い子であったがあの選択が正しかったかもう分からない。
「よしよし、」
机に突っ伏しているとふわふわと優しく頭を撫でられた。あの母親とは違う、思いのこもった手付きに思えた。顔を上げると教室は鮮やかな夕焼けに染まり何とも思ってなかったクラスメイトがやけに綺麗に見えた。手をつかんで見つめるとぬくい体温が俺の心もじわりじわり温めてくれる。
「名前」
「ん」
「俺を愛してくれんか?」
(仁王は寂しがり屋さんだからねぇと笑っていた)