死ぬのは簡単だ


この世で最も憎い男に抱かれ私は色を失った世界で目が覚めた。色褪せた写真のように全てが薄ぼんやりとしている。そして瞬きで色感を戻しながら己の身体を悟ってしまった。痛む腰や粘液に汚れた身体だけじゃない。殺し屋として生きていくこの後の無様な人生が瞼の裏に垣間見えた気がした。
手をついて重い上半身を起こすと下はぐしゃぐしゃに乱れたシーツ。最後に意識を飛ばした時は床の上だったと思うけどいつの間に移動したんだろう。

「…気持ち悪い」

自分の身体もこの男も。声は掠れていて起き上がると股からドロリと男の欲望が零れた。いっそ隣で満足して眠っている男をぶち殺してやろうかと思ったが、そんな気力もなくバスルームに足を向けた。
シャワーを浴びて汚れを落としスクアーロが起きる前に着替えもすませた。隊服ではなく下ろし立てのゼニアのオーダースーツに袖を通し化粧を薄く乗せ、剣を腰にリングを指に通す。ベッドの上で眠る男など視界に入れずドアノブに手をかけて思いとどまった。

「……」

残り一杯分だけ残っていたグラッパをあおる。もう思い出の味はしなかった。


* * *


廊下に出ると灯りが煌々と回廊を照らし外は対照的に深い闇に包まれている。なんてことはない、認定式が終わって3時間も経っておらず日付も越えてなかった。花の香りなどとうに消え失せた口の中で舌打ちをするとルッスーリアとすれ違う。

「あらいいスーツ。お出掛けかしら?」
「まあ ボスは部屋にいる?」
「スクアーロが剣帝になってちょっと機嫌いいみたいね。本部の仕事を放って晩酌中よ」
「…それはいつものことでしょう」

それもそうねと同じく上機嫌なルッスーリアに礼を言ってボスの部屋をノックした。確かに機嫌がいいのかウイスキーのボトルがいくつか転がっていたけど、いや機嫌が悪い時も飲んでるしやっぱりいつも通りの光景だ。執務机の前のボトルを蹴って前に立つとどれだけ酒を煽っても揺らぐことのない赤い瞳を合う。
思えば、剣技を習い任務に出る前からザンザスとは付き合いがあった。テュールに拾われてヴァリアーに正式に入隊する前から交流はあったしテュールが死んでからは頻繁に会いに行き、上司と部下になってからは剣帝の弟子として任務に散々駆り出された。情も縁もあるけれど横暴さに恨みもある。いいマフィア付き合いをしてきたな、と思う。

「何の用だ」
「お話がありますボス」

最後に酒を酌み交わしたかった。私は甘い酒ばかりだろうけど。

「これにてお暇を頂きたく存じます」

リングを外し机に置く。その瞬間ウィスキーボトルが宙を飛びこめかみギリギリを掠めてった。当たり前だ。裏家業の人間がはい辞めますと言って足抜け出来るわけがない。組織上終身雇用制で死ぬまで生きて死ぬまで戦う。それだけだ。遅れてバキャンとボトルが砕ける音がした。部屋は静まり返り血のように赤い目が燃え上がる。

「ふざけてんのか」
「私は振るう剣技を見失いました。これ以上剣を持つことはありません」
「黙れ。テメェはカス鮫と同じで剣だけが取り柄だろう」
「その剣はもう折れています」

ボスの殺気が膨れ上がりチリチリと肌が焼けるような錯覚を受ける。ボスの苛立ちと同時に私もバッドワードを聞き不快感から薄ら笑みを浮かべてしまった。それを見咎められさらに怒りが燃え上がる。僅かに動いた指先に反応し私も動く。

「なら剣を見せましょう」

一閃。ボスがいたはずのチェアが両断する。後方に飛んだボスに視点を合わせると既に二丁拳銃を撃っていた。早い。視覚情報よりも早く身体が動き、刀身を切り替えし二発の弾丸を切先で受け流す。
動かなければもう終わっていたのに。でもテュールに刻まれた剣技がそうはさせてくれない。テュールの剣技、結局私は受け流しの技術しか継承できなかったな。再び放たれた4発の銃弾を両断し受け流す。でもこれだけなら二代目剣帝にも引けを取らない。

私の剣撃とボスの銃弾が執務室を嵐のように吹き荒らす。デスクが砕け床が刻まれ壁が貫通する。さすがにその騒ぎに周りが気付きルッスーリア達が入ってくると悲鳴や怒号や静止の声が上がった。でも私が始めた殺し合いはどちらかが死ななければ止まらない。そしてもちろん死ぬのは私の方だ。実力的にも気力的にも口実的にも。
剣撃をぬって懐に入りこまれ革靴が腹にめり込む。吹き飛ばされ壁に叩きつけられると頭を打ち付け視界がくらんだ。

「ゔお゙お゙ぉい!これは何事だぁ!?」

なんとか保った意識で前を見据える。ゴリと額に冷たい銃口を押し付けられ目を細めた。ザンザスは無表情だった。もう隙はなく腕も持ち上がらないのだけれど剣だけは離さなかった。せめて最後はテュールのように剣士として死ねることに感謝する。

「おい!やめろクソボス!!」

「やはりボスには叶わない」
「当然だ。――テメェの剣は折れていたからな」


そして引き金が引かれた。
痛みや悲しみはなく ようやくテュールに会える安堵感だけに包まれた。
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