殺すのも楽じゃない


上質なグラッパは度数が高く喉を燃やすが氷を舌先で転がしたようにすうと熱が冷める。安いウィスキーとは違い痺れることもなく鼻腔に残るのは甘い花の香り。この上品な味わいがずっと好きだった。

グラスに残ったのを呷り時刻を見るともう式は終わっていた。気配が消えていたヴァリアーの邸宅もいつの間にか活気が戻っていてそんなのも気付けないってことは随分酔っているのだろう。もうすぐあの男も帰ってくるのだと思うと胸くそが悪くなる。…あぁやっぱりウィスキーにしとけば良かった。グラッパは私にとって大切なものだからこんな気分になりながら飲むものじゃない。安酒が欲しくなったけど今更動くのも億劫だ。
お気に入りのグラスを爪で弾くとキンといい音を立てた。あの人の剣の音に似ていたから気に入って買ったんだっけ。過去に妄執する私にはお似合いの品だ。甘い花の香りに包まれながら彼の記憶に酔っていると気分を害す荒い足音が近づいてきてノックもなしに扉を開けられた。


「ゔお゙お゙ぉい!やっぱりテメーは認定式に来なかったようだなァ!」
「酒が不味くなるから出て行って」
「祝い酒だぁ そんな酒より上等だぜ」

スクアーロが手にしていたのは年代物のワイン。確かに私が飲んでいるものとは桁が違うけどだからどうだと言うのだ。お金で測れない価値がこの手に中にある。
スクアーロはボトルをテーブルにドカリと置くと不遜な顔を近づけてきた。

「なったぜぇ俺は。今日から俺は剣帝だ」

……そう。なんともないように言ったつもりなのに酷く乾いた声だったのが自分でも分かった。私の反応を見て愉快そうに口端を吊り上げるスクアーロが顎を掴み目を合わせるように引き上げた。向こうでも飲んだのだろう。いつもの香水にウィスキーが混じっている。

「気持ち悪い 触るな」
「地位も実力もテュールを超えた。吹っ切るにはちょうどいいだろ?俺の女になれ」

若くしてテュール隊長を斬り伏せ、ヴァリアーに入隊し、遂には二代目剣帝を襲名して、今度は私を欲しがるの?傲慢で貪欲で反吐がでる。

「こんな年増のどこがいいの?それに勘違いしてるみたいだけど私はテュール隊長の女でもなかった」

テュール隊長――彼は剣の師匠で養父でわたしの理解者。
ボンゴレの血族でありながら女はマフィアに必要無しと捨てられた私をテュール隊長は救って育て上げてくれた。隊長の剣技を叩き込んでくれた。…剣技だけじゃない。家族の愛情も思い出も本当にたくさんのものを与えてくれた。このグラッパも、私の成人祝いのコース料理の食後酒だった。度数が高いけど甘くて花の香りがするこれを一口で気に入りテュール隊長のぶんも貰ってへろへろに酔いながら一緒に帰ったのを覚えてる。縋るようにグラスに手を伸ばすと口に運ぶ前にスクアーロの手に攫われる。

「返せ!」
「食後酒かぁ?こんな甘いもんよく酔うほど飲めるなぁ」

ボトルの残りが少ないグラッパをあおられ、奪い返そうとした手を掴まれた。ぎらついた目に悪寒が走る。

「気持ちがなくとも女には出来るんだぜ?」

防ぐ間もなく強引に唇を奪われた。胸を押して抵抗するも剣帝様の力に敵うはずもなく手を絡めとられ舌が侵入するとどろりと甘いグラッパを流し込まれる。飲み込みきれなかったグラッパが胸元に落ちる。蹂躙するような荒々しい口付けはただただ気持ち悪くて、舌を噛み切ってやりたいのに甘い花に酔わされた頭はもう働かない。

「俺が忘れさせてやる」

離れた舌先は首筋を伝いリップノイズをさせながら何度も朱い花を咲かせる。声をこらえていると涙がにじんできた。私の顔を見下ろすと気分を良くしたのか興奮したのか性急に床に引き倒され覆いかぶさって服の中をまさぐられる。

「最低なオトコ…」
「二度とんなこと言えなくるぜぇ」

またキスが降ってきたかと思うと冷たい指が胸に触れてあっと小さく喘いでしまった。
テーブルの上では一杯分のグラッパが見下ろしている。

もうあの花の香りに包まれて彼を思い出すことも出来ないと悟った。


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