ありふれた愚者

 今日も悪夢をみた
 落ちていく私をアルファロが見下ろしてる夢
 それが正しい在り方と言いきかせる

次の日は地獄のような痛みだった。今日も今日とて仕事!と立ち上がろうとしたら股が痛みベッドから転げ落ち、立ち上がることすら出来ない激痛に苛まれていた。なんとか床を這いずって鎮痛剤を手に入れた直後アルファロに発見されて事なきを得たけれど。

「全く無茶をして…今日は安静にと言ったでしょう」
「んー…」
「お休みは頂きましたから、絶対安静ですよ」
「わ、分かったよ」
「本当は私も……いえ」
「?」

そうアルファロに念を押されて一時間後。私はベッドから抜け出していた。だって鎮痛剤が効けば耐えられないほどではなくて何より暇で仕方なかった。私もアルファロもボスのお傍で仕える事を使命としていて無休が普通だし、24時間意味もない空白が出来てしまうとそわそわし過ぎてそわそわ死してしまいそう。だから給仕服に着替えるとこっそり仕事に向かった。

それに今の美食會は人手不足でもある。ボスの食欲が増しているだけでなく、先日のセンチュリースープの件もある。副料理長トミーロッドが瀕死の重傷で支部長二名の傷は浅かったもののクロマドの制裁を受けて重症に陥った。やっぱりね。わざわざ人手を減らす真似しなくても、と思うがそういうのが男社会なんだろう。まぁ四天王トリコや有象無象程度に負ける不甲斐ない奴なんて美食會に必要ないけど。


「(なんて…私が言える状態ではないか)」

目の前の書類をさばきため息を吐く。動き回ってアルファロに見つかるといけないから今日は大人しく第二支部情報収集課を手伝うことにした。センチュリースープの件から美食會はグルメ界の食材を集めることに決定し、数少ない情報をかき集め、部隊を編制し調査し報告書をまとめ、難易度の高い食材は調査後クロマドや上層部に指示を仰ぐ。ここは情報収集や選別や指示で常に忙しい場所だ。支部長のユーが優秀で的確な采配をしてくれてる。

「それでも今は助かります。コカロ様珈琲は砂糖とミルクで?」
「ブラック。…そういえば料理人の選出もあったわね。経過は?」
「近年のランキングと星数から統計を取っています」
「まあそんなところでしょうね」

グルメ界で使う料理人を1000人攫う計画。全員奴隷として働かせるがグルメ界の上質な食材を扱うなら体制も十二分に整えなければならない。思い出して第四支部の資料を引っ張り出す。

「調理器具の量も質も全然駄目。やり直し」
「再度検討させます」

見積書を投げるとユーはすぐにバリーガモンがいる第四支部に振り分けた。忠義のない連中であってもボスに奉仕させる以上全霊をかけて良い料理を作ってもらわなければ困る。
不味い珈琲を飲み干すとトレーが差し出されその上に乗せる。給仕される側は楽だと再びペンを握るが、ユーが動かない。訝しんで顔を上げると気持ち悪い薄ら笑みを浮かべて見下ろしていた。

「コカロ様 本日はどうして第二支部に?」
「は?」
「いえ いつもと様子が違いましたので事情がお有りかと」
「お前が気にする事ではないよ」
「なら良いのですが何かあればお申し付け下さい。…女性は大変ですから」

バキ。手の中でペンがひび割れた。ユーは気にも留めず席から離れていく。
私は美食會に300年仕えボスのお傍に立つそれなりの立場にいる。でも立場と周囲の対応は必ずしも比例しない。九割五分が男という美食會では男性優位の組織構造で女は軽んじられる。男尊女卑で実力主義。私もそれなりの実力はあるけどそれなり程度でボスの側近という肩書きが気にくわないらしい。そこらの下っ端も声を潜めて笑う。…機嫌悪いな…そりゃユー様の言う通り…女は月に一度…あぁなるほどなァ…。

「……。」

死ねよ有象無象。殺気がちらつくと隣の下っ端がヒッと喉をひきつらせる。
ああ こんなんだからアルファロと肉親だと知られたくない。アルファロがどれだけ優れていても私は泥となって磨かれた革靴にこびり付く。努力して勉強して強くなっても泥のまま。こいつらにはきっとボスや上層部に纏わりつくヘドロに見えてるんだろう。ヘドロは指を差されても削ぎ落されても何も言わない。……でも、変わらなきゃとヘドロは思考する。アルファロの靴底にへばり付いて安心してるのはもうやめないといけない。私はもう終わらせるのだから。
砕けたペンを投げ捨て、エプロンを指先でトンと叩く。それだけエプロンは意志を持つように動きだし形を変え細長いリボン状となって一人の男に襲い掛かった。





軽い足取りで石畳の廊下を歩く。美食會の廊下はどこもかしこも薄ら寒いというのに今は冷気なんていっさい感じない。きっと機嫌が良いからだ、と弾む足取りで手元の袋をくるくると回した。
私も一応グルメ細胞の保持者で環境適応能力・再生能力・超人的な力があり、変異の際に「繊維を操る」能力を得ている。でも役職上披露できる場面なんてそうそうなくて。あってもテーブルクロスを仕立てたりふきんを作るくらい。でも今日は違う!久々に真っ当に能力を使うのは爽快だった。これならたまにやってもいいかもしれない。

「何をしている」
「わっ!?」

背後に突如気配と低い声が振ってきて肩が跳ねる。
振り向くとそこには黒い長髪と不気味な仮面、副料理長のスタージュンが見下ろしていた。

「ボス直属の給仕が暇そうだな」
「…今日は非番よ 掃除してただけ」

スタージュンの嫌味につっけんどんに返す。この男は苦手。何考えてるか分からないし仮面は悪趣味だし機嫌が悪いと熱いし。でもこの男からは他の奴等のような悪意は感じられない。興味がないだけだろうけどその冷たさが心地よくもあった。
仮面の隙間から鋭い眼光が見下ろし、視線が私の手元に移る。正確には両手の6個ほど持ってる30p程度の黒い袋。第二支部から出た後そこらで集めたものだ。…この男はボスからも信頼されてるし気付くかな。

「"アク抜き"は大事だからね」
「……全て取り除けば風味を損なう場合もある」

ほどほどにしておけ、と言い残すと長いマントをバッサァと翻してスタージュンは去っていった。…うん。取り合えず彼も裏の事情を把握しているようだった。最近美食會に潜り込み妙な動きをしてる連中がいる。元からIGOのスパイ等が嗅ぎまわってはいたがどうやら別物の気がする。正体が何であれ雑味は全て取り除きたいが、スタージュンはある程度泳がせておけと言いたいのだろう。

「まぁ言われなくても」

雑なスパイだけじゃバレるからついでに適当な奴も始末してしまった。腕の鈍りもストレスも発散出来たし好都合。また気分が良くなり軽い足取りで袋を揺らす。これは灰汁獣のおやつにでもしよう。





その後は灰汁獣研究所を案内してもらい一日を過ごした。灰汁獣はGTロボの後に生み出された第二の兵器だったけど繁殖の手軽さやコストの面から爆発的に増え、今では料理人を超えるほどだ。それでも次の祭りでは大量に消費してしまうだろう。
あれこれして動き回ってる内に気付けば夜も深まり廊下には静寂が横たわる。さすがにアルファロも抜け出した事に気付いてるだろうから足音を忍ばせて帰ると自室の前で空気が揺らいだ。思わず足を止める。この大きな存在感は。

「ボス…?どうかされましたか?」
「………」

薄暗い回廊から現れたのはボスだった。何故こんな所にいるのか疑問に思ったけど、すぐ私かアルファロに用があるのかとお傍に寄った。空腹なのかもしれない。起きてそうな料理人と食材のストックを考えていると腕を掴まれる。大きな武骨な手はもちろんボスだ。

「来い」
「え、わっ…!?」

ボスが歩き出すと引き摺られようにして後を着いていく。こいってどこに?言葉少ないボスに首を傾げていると行き先は…何だか…昨夜も歩いた気がして…冷や汗が伝う。ボスは迷うことなく東の回廊を進み、私が懸念していた昨夜の寝室も通り過ぎ、辿り着いたのはボスの自室だった。ここには何度か来たけれどいつも必ずアルファロがいた。もちろん今はいない。

「ボスあの、……もしかしてお酌ですか?リモンまだ戻りませんもんね。それならアルファロもまぜておつまみでも、あぅっ」

無理な明るい声も虚しく首根っこを掴まれベッドの上に投げられた。心臓が緊張の音を高鳴らせボスが乗り上げるスプリングの音にさえビクつく。足の間がじくりと痛む。肩を押されると簡単にシーツの上に倒れる。

「あまりウロつくな 寝ろ」
「え……」

ギクリと目を見開く。ボスは…どこまで知っているんだろう。困惑の眼差しをよそにボスも私の隣に横たわり自らの腕で腕枕をする。ボスの手が伸びると私の髪に絡み編み込みを解かれた。大きな手に引き寄せられる。
どうしてこんな事が起きてるのか分からない。ボスはただ寝ろと言いこれ以上触れることはなかった。柔らかなシーツに伝わる体温に眩暈するほどの睡魔が襲ってくる。恐ろしい。

「眠りたく…ありません…!」

身体が強張る。眠ることを拒否している。いっそ抱かれて夢も見ず気絶するように眠りたいくらいだった。ここ最近必ずと言っていいほど穏やかな眠りには悪夢が付きまとい、魘され飛び起きると頭痛と耳鳴りと吐き気に襲われる。だから疲れるように毎日動き回っては死んだように眠り、浅い眠りで飛び起きると日が昇る前から掃除や徘徊をしていた。ボスはいつから気付いてたんだろう。きっとアルファロも知らないのに。

心臓がバクバクと五月蠅い。睡眠を求める身体と拒否する心にちぐはぐになる。ぐるぐるになってる私にそれでもボスは眠れと言う。唇を噛みしめる。このまま寝て魘されみっともない姿は見せたくない。気持ちを落ち着かせ呼吸を殺すと、ボスの手の平が頭部に乗った。緩やかに動くそれは撫でられてるみたいで惚けてしまう。心地良さに瞼が落ちてくる。

「(あったかい…体温も優しさも…)」

抗えず目を瞑ると背中に回された腕のぬくもりとボスの落ち着いた心音に包まれる。ほどけていく。眠りたくと思っていた意識までも溶けていく。やがて私は夢も見ないほど赤子のようにぐっすりと眠りについた。

ティーカップが割れた日から初めて悪夢をみない夜だった。
 

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