恋にもならない

アルファロは変わらない。
私も変わらなければ何も変わらない。何が起きてもきっと。



「コカロ 今晩来い」
「はい…え?」

ボスがお召しなった食器を下げてる途中で言われ手を止める。咄嗟に返事をしてしまったけれど来いとはどこに? 言葉の意図を汲み取れず困っているとボスの黒く深い空虚に満ちた眼が私を捉えた。

「今晩私の部屋に来い」

ドクリと心臓が鳴る。ただそれだけの言葉なのに意味を考えてしまう。
自分が反応する前に側に控えていたアルファロの方が微かに反応した気がした。あまりに唐突で言葉に詰まる私にティーカップの砕けた音が反響する。お願い変わらないで と。


◇◇◇


ボスの食事が一段楽ついた間に自室に戻りシャワーを浴びる。全身をくまなく磨いてシャワーのぬるいお湯を頭から被りながらぼんやりと考えていた。今夜私はボスに抱かれる。食欲の塊のような方だけど男性的な欲も持ち合わせてるらしく、たまに女性を用意させているのは知っていた。けど、組織の人間には手を出さないとも聞いたことある。ぼんやりと答えを出そうとしたけれどボスの考えを推し量るなんて出来ない。霞みがかった頭を振ってバスルームから出ると目の前に複腕の大男がいて驚いた。もちろんアルファロだけど、あるはずのない出来事に一瞬声が出ない。いつも私がアルファロの部屋に押しかけてばかりだからこっちに来るなんて滅多にないし、あったとしても緊急の用事のため、キチンとノックを三回して返答があってようやく扉を開けるくらいなのに。無断で入るなんて槍が降るかもしれない。

「アルファロ?どうしたの?」
「いえ…先程の、止められなくて」

見上げると表情の少ない顔がいつもより白くて複雑な表情を浮かべている。気まずげな沈黙を続けるアルファロに私は苦笑した。心配してくれるんだ。優しいなぁ。

「ねぇボスと出会った時の事覚えてる?」
「もちろんです」
「私達ボスに救われて一生を捧げると誓ったよね」

アルファロが過去を思い出すように目を細め頷いた。
あれは私達が人間界にいた時の事。幼い私はとても醜く不幸で、他人の言葉に絶望して、消えてしまいたかった。でも自ら命を絶つ勇気も一人になる勇気もなくて、アルファロを巻き込んで落ちた。結果アルファロは瀕死に陥り、私だけが無様に生き延びて偶然出会った三虎様にみっともなく助けを求めたのだ。それが始まりだった。

「私あの言葉に後悔はないんだよ」
「ですが、誓いと今回のコカロの事は関係ありません」
「か 関係あるよ 私はこの身を捧げると誓ったもの」
「っですがコカロの気持ちは」
「私の気持ちなんて…だって心も捧げると誓ったもの」

アルファロは言葉を詰まらせる。アルファロはどうして私がここまで尽くすのか分からないのかもしれない。私はボスに救われて本当に嬉しかったの。醜い自分を脱ぎ捨てて、アルファロの隣で堂々と生を謳歌できることが、なんて奇跡だったか。だから私は三虎様の為なら何でもするしどこまでも着いていく。
これが私の答え。だけど理解出来ないアルファロは溜め息と共に顔を覆ってソファに座り込んでしまった。私もどうすればいいか分からず隣に座る。アルファロがこんなに悩むなんて…。


「……ボスはどうしてコカロを」
「今更だもんねぇ」
「用意させる女性は大抵体が大きく豊満で経験の多い女性でしたのに…」
「……えっ 私全然当てはまらない」

何気にショックを受ける。アルファロがそういう用意を手伝ってる素振りはあったけど本当だったんだと何とも言えない感情になる。というか今の言い方だとアルファロも好みに合ってないって言ってるよね。

「魅力的じゃないのは分かってるけど」
「そうではなく、コカロには負担が大きい上に強要させるなんて」
「……」

額に手を当てたまま言葉を漏らすアルファロに胸が締め付けられる。こんな時に私はおかしいのかもしれない。今この瞬間アルファロが私の事を考えてくれている。それだけでたまらなく嬉しくて、優しさも憂いもこのままでいて欲しいなんて。卑怯者だ。

「アルファロとならいいのに」

きっと私は優しさにのぼせてた。だから簡単に言葉を間違える。

「……自分が何を言ってるか分かっています?」
「なんて、なんてね、冗談だよ家族だもの」
「冗談でも言って良い事と悪い事があります。どうしてコカロはいつも」
「……」
「…もういいです」

軽蔑したと氷のような視線が貫く。
「ごめんなさい」と言おうとした口はカラカラに乾いて動かなかった。多分少しは本音が含まれてたから。……アルファロが■きです。ずっと■きです。でもえっちがしたいとかじゃなくて、ただあなたを待って一緒に居て、ただ後ろ姿を見て、ただ私が珈琲を淹れる時間がアルファロが紅茶を淹れる時間がこれからも続いてほしいと願うだけだった。アルファロが居るだけで浮足立つ幸せな気持ちを抱いていたかった。
この甘く苦しい感情は「恋」と呼ぶのだろうけど、近親者を好きになるのはいけない事らしい。世間とか倫理的なことは分からないけどアルファロが言うならきっとそう。じゃあ恋じゃなくて家族愛なら? 傍にいたいだけなら家族でも兄妹でも思うことを許されるはず。倫理的にも多分問題ない。でも。

「ごめんなさい」

アルファロの視線がやわらかい場所に突き刺さる。失敗した。私が変わってしまったからこうなった。
途端形のない温かいものがどろどろと淀んで腐っていく。■き、■■、振り向いてほしい。そんな私にとって真っすぐで唯一清らかだったものがアルファロには捻じ曲がったぐちゃぐちゃの醜いものに見えるんだろう。300年思い続けた私は頭のてっぺんから足先までどろどろに醜くて、こんな汚れた指でずっとアルファロに触れ続けていた。綺麗で優美なアルファロを私が、わたしが、、

醜い、そう聞こえてくる視線で貫きアルファロは音もなく出ていった。

…準備をしないと。ボスのところに。
でもしばらくは動けなかった。
 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -