私たちの望む日常


日常が戻ってきた。
恋心と病を抑えつけなにも考えない感じないように振る舞うだけで、またアルファロと穏やかな時間を過ごすことができる。…心を鈍感にすれば案外難しいことじゃなかった。今日も、なんの色もない朝がやってくる。


「ちょ、ねぇ、どこ行くの?」
「すぐそこですよ」

午後の仕事がひと段落したある日、アルファロ様に呼ばれたかと思うと外に連れ出されグルメ界の森の中を手を引かれて進んでいく。ボスがいつ空腹になるか分からないし、あまり二人で本部から離れたくないんだけど。でも手を握られていてはふりほどくことは出来ない。

「…っ」

心がざわめくのを必死に抑えつける。アルファロの温もり。大きな手の平。感情がこぼれないように蛇口を締める。平静を保つように唇を噛みしめ俯くと鋭い枝がピシリと肌を打った。傷みに小さく呻くとアルファロは大丈夫ですか?と振り向いた。

「最近ぼんやりしすぎですよ」
「…そう?」
「小さなミスが多くなっています。今日も伝達ミスがあったでしょう」
「そう、だね。ごめんなさい」

アルファロ様からの指示を第二支部に伝えなければいけなかったのに、上の空になっていて抜けていた。大きなミスには繋がらなかったけれどハントや調理を停滞させてしまった。回りまわってボスへ迷惑をかける。私の元々高くない外聞が悪くなる。まぁ、それはどうでもいいんだけど。心を鈍くすることによって普段通りに動けなくなっているのは確かだった。もしかして行く先で罰でもあるのかな?
アルファロは私の手首を離すと、まあそれは良いのですがと呟いた。じゃあなんのために?

「ただの気分転換ですよ」

その瞬間、木々が開け、光差す開けた空間に目がくらんだ。瞬きをしてもそこはまだ山の中で低いこんもりとした茂みがいくつもある。でも茂みをよく見ると青い葉の合間に小さな赤い粒が顔をのぞかせていた。思わず声をあげて駆け寄ってしまう。

「野いちごだ!わ、こんなにいっぱい!」
「ちょうど熟してるはずです」

つぶつぶした果肉の特に熟してるのを選び一口で頬張ると瑞々しい甘さが広がった。甘いものなんてエディブルフラワー以来で自然な甘さが染みわたるよう。

「甘酸っぱくておいしい」

自然のものだからか甘すぎずいくらでも食べられちゃう。茂みの前に座って次々と口に運んでいく。無心で口に広がる甘酸っぱさを楽しんでいると横から手が伸びてきてびっくりする。アルファロは茂みをかき分けると中央に手を差し込む。それを見つめていると茂みの奥だというのに色つやも良く大粒のいちごがアルファロの手に摘まれた。
この種は「エンブレイスベリー」といって茂みの中央に一番良い果肉ができるらしい。

「コカロどうぞ」
「いいの?」
「ええ これが一番甘くて美味しいですよ」

差し出された大粒の熟れた野いちごに思わず口が開いた。高揚していて忘れていた。思い出すのはエディブルフラワーの調理のこと。強張った頬を悟られないように笑い、心は急いで蛇口を締める。ありがとう。美味しそう。そんな言葉を言うのも必死で、口の中が変に乾いてる。手で受け取って一口で食べると確かに甘くて美味しくて香りも良くて、口の中が潤ってましになる。
…わたしは駄目だなぁ。なにが兄妹なのか分からないよ。どれが正しいのか分からないよ。無理やり抑えようとする心は果実のようにぐしゃりと潰れそうだった。

「?」
「うん!甘くて美味しい!これボスにも採って行こうよ」
「いいですね 沢山摘んで帰りましょう」

笑って、私達は立ち上がる。ボスに作るとしたら本当にたくさん用意しないと。せっかくアルファロが教えてくれたのに採り尽くしちゃうかもしれない。
私が布を用意すると私は2本の腕、アルファロはその4倍のスピードで野いちごを摘んでいく。

「これだけありますが何に使いましょうか」
「定番はジャムとかタルト?」
「いいですね、手伝ってくれますか?」
「もちろん!」

楽しみだね、なんて笑いながらこみ上げるものを無理やり飲み込んだ。
私は何度でも過ちを繰り返す。


元の形には戻れないイチゴ



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -