輪郭を得ない恋


恋は錯覚だという。
お互いが同じ錯覚をすることで惹かれ合い「恋」は本物となり、恋人になってさらに「愛」を育む。けれど、互いの気持ちが異なり交わらない錯覚は滑稽でしかない。

私がそうなんだろう。アルファロの優しさに勘違いして交わらない思いを募らせている。隣にいたくて、認めてもらいたくて、笑っていてほしいこの思いは正しく恋のはずなのに、そもそも私達は血のつながった兄妹だった。アルファロは私の「正常」ではない思いに近親相姦を危惧して突き放す。
近親、相姦?インセスト・タブー? 例え恋をしていようと隣にいたいだけなら兄妹でも満たされるはずなのに。満たされないのは直接的な行為を望んでいるから?そんなこと……、わからない。どうしてこうなってしまったんだろう。一体いつから。

……始まりは多分、人間界から脱却した時だったと思う。人間界で生きてくことに絶望し全てを投げ出したあの日、アルファロは追いかけて、引き留めて、抱きしめてくれた。「一人でいかせない」と「最期まで一緒にいる」と言ってくれた。私はそれが嬉しくて、嬉しくて、愛されていると勘違いしてしまった。ううん、愛を曲解してしまった。アルファロがくれた愛はただの家族愛だったのに私は貪欲に求めてしまった。生を、愛を、幸せを。



「わたしはただ……」

じわりと浮かんだ涙が突風で砕ける。髪の毛が舞い上がり額を撫でる風が顔を上げさせた。
いつの間にか朝日が山の端から顔をだしまばゆく清々しい白光が眼下の森を照らしだしていた。山に遮られた東はまだ暗く、西はもう動物が目覚め森が起きだしたのを感じる。グリンパーチから借りたジャックエレファントの上で、私は泣き腫らした目をこすった。

──明日になれば妹になるから

その明日がもうやってきてしまった。憂鬱なため息を吐き出してジャックから身を乗り出し眼下を見下ろす。広大なグルメ界の森の上を飛んでいるジャックはあるものを目指して人間界へ向かっている。もう二度と行く気はなかった人間界へ。ポケットからプリントアウトした紙を取り出しおおよその場所と形を確認した。
…きっとこれは意味のない行為だろうけど、私には必要な工程になる。儀式と言ってもいい。不要な感情を切り離すための儀式。

「だって…そう簡単に捨てられないもの…」

はいさようならと恋を捨てることはできない。割り切ったつもりでも一生付きまとってくるのが感情だと嫌というほど知ってしまった。それでも自分に言い聞かせるために理解させるために。

「……ほら 学校が見えてきたよジャック」


◇◇◇


早朝の静寂にコツコツ、と足音が響く。顔を上げると同時に給湯室の扉が開きアルファロが現れた。

「おはようアルファロ」
「おはようございます…早いですね」

少し躊躇して中に入る。私もアルファロもいつも早朝から給湯室で待機してボスの声に応えられるようにしてるんだけど、昨日のこともあって少し気まずそうにしている。ここは給仕専用の部屋で私達しかいないし。

「…体の調子は「あのね、」

アルファロの気遣いを遮って私から話し始める。でないと覚悟が鈍ってしまいそうで。アルファロが私を見て私は目を逸らした。

「ごめんね いままで ありがとう」
「…なにがですか?」
「わたしもう恋はやめる」

アルファロがどんな顔をしてるのか分からない。でもきっと呆れてる。こんな事何度目だ?って。実はこんなことは一度や二度じゃない。アルファロが好きで告白して傷付いて諦めて恋をなくそうとする。もう何度も呆れるほど繰り返してきた。この花吐き病ってのは想定外だったけど結局いつもの流れになってる。
花吐き病、私にはわからないものだったけど、きっとアルファロなら。

口元を覆い咳き込むと手の平に燃えるように赤い花弁が落ちる。細い筒状の不思議な花。口の中が甘い。

「…サルビア」

咳き込んだからか腰を浮かせたアルファロは止まって正解を呟いた。流石。ケホンと口の中の花弁を全部吐き出しすぐ布に包んで隠す。聡明なアルファロなら花の名前だけじゃなくて私の言いたいこともわかってくれるよね?
プリントした花の写真。花に付属する言葉。検索した結果。「家族愛」。

「……」
「ごめん…部屋に戻るね」

でも十全に理解したところで、やっぱりアルファロは呆れるだろうね。好きで告白して傷付いて諦めて恋をなくそうとする。その後の顛末もお互いよく分かっている。しばらくよそよそくなって兄妹ごっこをして、忘れた頃に性懲りもなく恋を実らせる。ただ好きで一緒になりたいのに、お互いを傷つけてばかり。

足早に給湯室から逃げて廊下を駆けるが、込み上げてくる苦しさに咳き込むと今度こそ本当に花弁があふれてきた。床に落ちていったのは名前の分からない白と紫の細長い花弁の花。

「……」

この病とは一生付き合うんだろう。私が白銀のユリを吐き出すことはない。
…でも、お願いだから花吐き病、一旦休戦にしよう。私はまたアルファロの妹に戻らないといけない。兄妹として家族として、この不要な感情は捨てなければ。

「…あは」

まぁまた、きっとすぐ恋を抑えられなくなる日がくるから、その時は死ぬほど花を吐いてもいいよ。
花で告白しながら死ねるなんてきっと綺麗だよね。


休戦を告げたのはオダマキ



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