齟齬


――どうやら私の身体からは花の香りがするらしい。
アルファロに指摘されて気付き、あのクソ虫にまで言われてしまった。気を付けてるつもりで吐いた後や部屋から出る前は必ず身体を洗うのだけれど、この香りはそういう事ではないらしい。

『今日は随分色気づいてるネ』
『男からの貢ぎ物?女は媚びるだけで何でももらえて楽だよなぁ』


…どうすればいいの。この馬鹿げた病は。思いを伝えたところで完治する訳ないと知ってるのに、気付かせようとでもしてるの?回りくどい事せずいっそ命を奪ってくれたらいいのに。花を吐き散らして全てを終わらせられたら楽でいい。それにきっと綺麗だ。
いつの間にか暗い笑みがこぼれていたのかアルファロに呼ばれて我に返る。

「どうしました?」
「ううん ちょっとぼんやりしてた。お湯沸いたね」

頭を振って珈琲の準備をする。アルファロから訪ねてくるなんて珍しく病の事もあって少しぎこちない。でもいつもの手順で珈琲を淹れサーバーからマグに移すころには大分落ち着いた。大丈夫。花を吐きさえしなければ何とでも誤魔化せる。

「アルファロは砂糖1つね」
「ありがとうございます。コカロのそれは?」
「私は最近黒糖にはまってるの」
「黒糖と珈琲は相性がいいですからね。では私も」

角砂糖をぽちゃんと沈めるとアルファロも同じように入れた。私に合わせたというだけでむずかゆい喜びを感じる。これだけで嬉しんだから私は末期だ。せり上がる花を黒糖香る珈琲で押し返した。
穏やかな時間はゆったりと流れ、会話は途切れることなく続く。その中で花の香りを問われ一瞬言葉に詰まったけれどリモンから香水をもらったと言えば信じてくれた。給仕が香りものをつける訳にはいかないから香水なんて持ってないのにね。

ふと会話が途切れるとアルファロが私を凝視していた。

「どうかした?」
「最近やつれてますよ ちゃんと食べてますか?」
「え、そ そう?」

鋭い。最近花を吐き続けてるせいで酷く体力を奪われ食欲がないからだ。実は今日の業務も貧血で辛かったくらい。でも、本当の事は言えなくて調子が悪いとかダイエットとか適当に誤魔化そうとしたらその前に大きな手の平がわたしの手に重なった。顔を上げると心配そうな目と合う。

「私は心配しているだけで責めてはいませんよ」
「…アルファロ」
「トミーにも何か言われてましたね」

冷やりとした手が温かくなる。それだけで胸につかえていたものが溶け出していく。
トミーロッドとの諍いは日常茶飯事。だけど心無い言葉に傷付くことだってある。反りが合わない奴等との出来事に気落ちすることもある。でもこうしてアルファロが気付いてくれるだけで私は救われる。明日も戦える。そして笑える。もう、アルファロにはかなわないなぁ。

「大した事じゃないよ 食欲もすぐ戻る!」
「…何かあれば話してくださいね」
「うん!ありがとうアルファロ」

優しい 嬉しい 幸せ ありがとう。アルファロがいるだけで満たされ湧き上がるこの気持ちをどうやって伝えたらいいんだろう。手を握り返すだけじゃ足りなくて、私は一度手を離すと隣に移動した。顔を見て言うのはちょっと照れくさくて腕に頭をぶつけて寄りかかる。

「いつもありがとう。心配ばかりかけてごめんね? 仕事は辛い時もあるけど…アルファロがいるおかげで頑張れるよ」
「コカロ…」
「側にいるだけで安心する。癒される。本当はずっとこうしてたいくらい」
「…………」

沈黙すら居心地がいい。だって何百年と一緒にいる唯一の肉親だものね。アルファロがいればあとは何もいらないくらい私の中では大きな存在。

「…アルファロがいて良かった。これからもずっと――」

隣の大きな手にわたしのを重ねようとして……パシン、と音が鳴った。右手が痛む。


「もう冗談はやめてください」

寄りかかる肩を強く押し返される。低い声に痛い力。…あれ?

「冗談…?」
「何度も言いますが貴方の気持ちには応えられません」
「え…」
「コカロはただの妹で、それ以上の感情はありませんから」

言葉と態度で明白な拒絶を示される。あれ、伝え方、間違ったかな。私の伝えたかった言葉はアルファロにとって冗談にしたいものと切り捨てられた。頭のてっぺんから冷や水を掛けられたようにじんわりと冷静になる感覚。盲目になっていた目が冴えていく。
…何を今更、すでに何度も聞いた答えじゃん。何度も告白するたびに玉砕してでも諦められなくて。でも、噛み合わない答えに胸が抉られる。
体の中がぐるぐるして、気持ち悪さに、いつの間にか口元に手をあてがっていた。


「――ッゲホ…!!」


寄り添いたかったレンゲソウ



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