舌先の陶酔


薄暗い冷たい廊下に誰もいないのを確認して扉を三回ノック。すぐに中から「開いてますよ」と聞こえてもう一度気配を探ってから入り込む。
この回廊を通るのは私達だけなのに、もし見られて不名誉な噂を流されたらと思うと胸がザワつく。アルファロに迷惑を掛けてしまう。嫌な考えを頭を振ってなくしリビングに入るもアルファロの姿はなかった。

「アルファロ?」
「此方です」
「…あれ 何してるの?」

声を辿ってキッチンを覗き込むとアルファロはエプロンを着て何かを作っていた。私がずっと昔にあげたエプロンといつもの微笑。薄く香る香水。そうだ、今日は珍しくアルファロも食料調達で一日いなかった。いつも通りの姿を見ただけで不思議と心から安心する。まるでカーテンを開けたような、澄んだ朝日を浴びたような、一日が動き出すような気がした。もうとっくに夜なのにね。
止まっていた足を動かしアルファロの手元を覗き込むとボウルの中には白、赤、紫、黄色の色とりどりの花びらが散らばりみずみずしく輝いていた。アルファロはギャルソンだけど器用で何でも出来るし知識を深めるためたまに料理もする。でも花なんて珍しい。

「これエディブルフラワー?」
「ええ。セドルがグルメ界で摘んできたのですが第五支部に突き返されたようで」
「…まぁ使う人はいないだろうね」
「なので代わりにいただきました」

こんなに綺麗だから彩りに使えればいいのに何てったってここは美食會。粗雑な野郎ばかりで盛り付けなんて頭にないし残念ながらボスも全く気にしないお方だ。昆虫珍味やら目玉料理なんかより見た目の綺麗なほうが惹かれるけど、食べるのは私じゃないから言っても仕方ない。ならスイーツの飾りに…と思ったけど好きこのんで甘味を作る料理人もいなかった。美食會の料理人って偏りすぎだよね。いつかパティシエも入ればいいのに。

アルファロは8本の腕で手早く作業を進めていく。エディブルフラワーを洗い軽く水気を取って色ごとにわける。名前も分からない花たちは水を含んで透き通った香りがする。
すると急にアルファロが「おや」と仕分ける手を止めた。

「これはボスにお出し出来ませんね」
「なに?…うわぁ」

花を見てこんな声が出るなんて。アルファロが見せたユリはまるで分裂に失敗したように双つ頭になっていた。探すと他にもあったようで白い花…マーガレットはもっと酷い。中心の花芯が線状に伸びて名状しがたい不気味な形になっていた。それらの花は器にも乗せられず別に分けられる。当然だ。飾りに向かないどころか花として鑑賞される価値もない。

「花にもこんな奇形があるんだね」
「"帯化"というそうですよ 気味悪いですね」
「気味悪いというか…」

動物や野菜の奇形なら見たことある。動物に至っては改造実験の過程で人道に反する姿の奇形が出来上がることも多々あるのに、それとはまた同じ感情では見れない。愛でられるための花が、贈られるための花が、こんな不気味に歪むのはなんだか…。

「かわいそう」
「コカロ?」

異質なものに惹かれてしまうのは何故だろう。アルファロは異端で異質なものを切り捨てて見向きもしないタイプだけど私は逆だった。憐れなユリの花を手に取り愛でたあと口に運ぶ。アルファロがもう一度咎めるように名前を呼ぶ。

花の香りが口の中に広がる。真白に銀色の粉をまぶしたような肉厚な花弁はしっとりしていて食むとシャクシャクと甘い蜜が広がってくる。美味しい。食感もいいしアクセントに良いかもしれない。

「そんなもの食べないで下さい」
「美味しいから大丈夫」
「何かあったらどうするんです。コカロのグルメ細胞は弱いんですから…」

捻じれたマーガレットも口に放る。こっちの花弁は控えめな味だけど舌触りが良いし、中心の花粉は粉っぽいけど甘くて香りがいい。振りかけるだけじゃなくて花粉は料理にも使えそう。
エディブルフラワーらしい見目華やかな装飾には決して使えないけれど味は申し分なかった。飾れない代わりにせめて私が食す。咀嚼して味わう。それでどうにかなる訳でもないけど、この花達をただ投げ捨てるなんて出来なかった。

奇形だけじゃなくアルファロが仕分けた形の悪い花も口に放り込んでいく。

きっと悪い事じゃないよね。


「さてコカロに食べ尽くされる前にメニューを考えましょうか」
「アルファロも口に投げてきたくせに!」
「まぁまぁ コカロは何か案はありますか?」
「定番だとサラダやデザートの飾り?」
「では先にシュガーコーティングしますか」
「素敵!それなら紅茶に浮かべたりケーキに添えたり…」

いつもの禍々しい色や淀んだ色の料理ではない、エディブルフラワーの華やかな料理やテーブルに並べた時の彩りを想像するだけで心が浮き立つ。サラダに散りばめたりドレッシングやシロップにしたりカップケーキやゼリーやババロアやアイスクリームに添えたり飴細工に固めたり…普段美食會では食べれない甘くて華やかなものばかり。

見ているだけではそわそわと落ち着かなくて私もシュガーコーティングを手伝わせてもらう。アルファロが卵白を溶きほぐしたものを刷毛で両面に塗り、私は砂糖をまんべんなく振りかける。今回は粉砂糖を使ったから繊細な仕上げりになったけどグラニュー糖ならキラキラ光って華やかになるかも。シュガーコーティングしたものは何にでも使えそうだし私も少し貰いたい。
なんて感心する暇なんてなくて。アルファロは八本腕とはいえ大きな手で細かい作業をしているのにすごい早くて、私は二本腕の簡単作業で必死に追いて行かれないようにする。そうしてると結構あったエディブルフラワーは粉雪が積もったような姿になる。


「後は自然乾燥かせるだけです」
「こっちは生花のまま?」
「ええ メインで使いたいのですがいいアイディアはありますか?」

ひとまずは手鞠寿司を考えてます、と浮かんだ案は先に言われてしまった。うーん前菜とデザート以外で使うのって結構難しい。メインに使うと味も香り他の食材や調味料に負けてしまいそうだし。専門的知識も乏しい私には難しい。

「生春巻き、あとキッシュとか…?」
「いいですね。……久し振りにお茶会でもしましょうか」
「え…!! いいの?」
「ええ ボスもお誘いしてみましょうか」

お茶会。もう10年以上はやっていない私達だけのお茶会。
昔はよく二人でお茶会を開いては私の作法の練習をしたり、アルファロの料理の勉強をしたり、珍しい物が手に入るととっておきのお茶と一番素敵なティーセットを並べてご褒美の時間を作ったりしていた。アルファロが役職についてからは頻繁に出来なくて、私も給仕になってからは思い出したようにしか出来なくなった。
そして、時折お茶会に三虎様を招く事があった。お披露目会というか、セッティングが完璧な時とかボスが好きそうな物がたくさん手に入った時とか、お誘いして三虎様とアルファロと私でテーブルを囲む。その時だけは恐れ多くも私達も同じ席に付き給仕も関係なくボスとの会話や食事を楽しむ。

「来て下さるかしら…だってもう随分やってないし…」

ボスは胃に収まれば一緒という所があるからエディブルフラワーなんて興味ないと思うし。目で楽しむなんて…あまり想像出来ない。ぽつぽつと不安とこぼすとアルファロが微かに笑った気がした。顔を上げると口元がやさしく綻ぶちょっと珍しい笑い方をしていた。

「コカロからなら大丈夫ですよ」
「そう、そうかしら…? アルファロが言うなら」

アルファロも機嫌が良さげで、私の袖をつまむと粉砂糖にまみれていた箇所を軽く払ってくれる。
私も楽しみ。その日の機嫌に寄るけどボスも会話に加わり昔の事をぽつぽつと話してくださる時もある。私はボスがハントをしていた時のお話が大好きで今回は聞けるかななんて期待してしまう。美食會だということを忘れてしまうくらい特別な時間。ボスにお出しするなら私も頑張らないと。勝手に意気込むとアルファロはくすりと笑った。

「コカロ 手伝ってくれますか?」
「もちろん!」

匂いやかなマドンナリリー



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