無垢の瞳
 
鳥のさえずり 朝の音。瞼に朝日が差す感覚。
覚醒を促すには弱い外界からの刺激と同じように、意識の遠くで軽い足音を聞いた気がした。気配が近づいてくるのが分かるというのに脳はまだ目覚めない。ぱたぱたぱた。床を蹴る音。軽い音が僅かに途切れる。

「スク!」
「ぐっ!?」

腹に衝撃を受け、スクアーロはようやく眠りから叩き起こされた。衝撃の瞬間側らの剣に手が伸びかけたが腹に乗る存在がエルと分かると力が抜ける。そして舌打ち。睡眠を妨害されたことと暗殺者として気配で目覚めなかった不甲斐なさからだった。何度かベルの奇襲を受けた時は殺気で起きれたんだがなぁ、と跨りながら無邪気に揺れてる少女を見上げる。

「Buon giorno!」
「あ゛ぁ…」

舌足らずな挨拶に適当に返すとエルの服が昨晩貸したTシャツではないことに気付く。こびり付いた血は昨晩の内に落とし、全身輝くような白さを取り戻していたが、今のエルは髪を綺麗に切り揃えられ子供らしい水玉のワンピースを着ている。

「この服はどうしたんだぁ?」
「ルッスがくれたの!」

エルがベッドから降りるとくるりとその場で回って見せる。裾が丸く膨らみリボンが揺れる。街のちょっと良い所のお嬢さんという感じだろうか。とても昨日までマフィアに監禁され人体実験を受けていた子供には見えない。
つーか本気で人形にする気か。ルッスーリアが昔ままごとで人形を食材にしてたとかいう話を思い出しスクアーロは顔をひきつらせた。嫌な予感がする。


◇ ◇ ◇


エルが早く早くと手を引く。気の乗らないまま談話室に向かうと甘ったるいにおいが漂ってきてさらに足取りが重くなった。ホラみろ。いっそ素通りしようかとスクアーロは思うが、その前にエルが扉を押し開けてしまい最悪に目に悪い光景が飛び込んでくることとなった。

「遅いわよエルちゃん!焼きあがったわぁ」
「わぁー!おいしそう!」

甘いにおいと共に飛び込んできたのはペールピンクのフリルエプロン。エルが着るならともかく、刈り上げた極彩色モヒカンと筋肉の組み合わせは目に毒だった。ベルは何ともない顔でルッスーリアが焼き上げたチェリーパイを頬張ってる。

「う゛お゛ぉい…なんだあの悪夢は…」
「ししっ 母性でも目覚めたんじゃね?」
「どう考えても存在がガキに悪影響だろうがぁ」
「でもエルには好評だから手遅れかもな あれが可愛いんだと」

所詮マフィアの業に汚されたコドモってことか。横のガキと同じく感性が狂ってるんだろうと同情する。確かにエルはルッスーリアのエプロンに無邪気に纏わりつきチェリーパイが切り分けられるのを待っている。分かんねえなと考えるのを止めるとルッスーリアと目が合う。

「じゃ、後は2人に任せるわね〜」
「はぁ?」
「ボス直々の任務よ ちょっとそこの軍事基地で遊んでくるわぁ」
「パース 俺も北の路地裏を観光する予定」

ルッスーリアがエプロンを外すとすかさずベルもパイを一切れ摘まんで席を立った。おい待てベルは任務じゃねえだろうがと噛みついても耳を塞いでそそくさと逃げやがる。エルはすでに信頼しているルッスーリアがいなくなるのが不安そうだったが「絵本をたくさん買ったからスクお兄さんに読んでもらいなさい」と言われると笑顔になっていた。誰が兄だコラ。

そして本当にエルと二人だけの時間がやってくる。
エルは山積みされた絵本から一冊を選ぶと「ご本読んでください」と頼み、スクアーロがつらつらと見上げると大人しく聞き入りたまに絵を指差し聞いてくるだけ。常識が足りてないと思っていたが予想以上に手のかからない子供だった。内容は把握出来ているし意味や言語は教えれば簡単に吸収していく。試しに一緒にあった算数のドリルをやらせてみても教えれば難なく答えていく。少女は6、7歳くらいだろうか、この調子なら教養が追いつくのもあっという間だろう。


「エル」

呼ぶとエルは素直に顔を上げる。聡明さが見てとれる瞳は手がかからず好ましいと思うが、どこか違うと思った。あの真白い施設で邂逅した時の目とは全く異なる。あの時の目は――…。

「あの研究員はお前が殺したのか?」
「? エルはなにもしてないよ」
「あの血だまりの中で?何もしてねえのか?」
「うん カギがあいててね へやを出たらみんな寝てたの」

少しの沈黙の後、エルの細い首から手を離した。動揺も打算もない真っすぐな目。少し考えればこんなどこもかしこも細い身体でおとな数十人を切り殺せるはずないと分かる。ベルほどの奇才であっても一度に30となると骨が折れるだろう。
だが、あの時の研ぎ澄まされた瞳が引っかかる。殺し合いで研ぎ澄まされる五感、命の駆け引きで生まれる直感、幾度となく実践で見てきた気配をこの少女も感じたのは気のせいだったのか。今の少女からはあの鋭利さは感じない。

「……まぁいいか」

こいつの本質がどこにあるか。ここにいればいずれ浮き彫りになる。
それまではもう少しエルに付き合ってやってもいいかとスクアーロは思案した。
 
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