少女人形の名前
 
少女はスクアーロという少年に連れられ大きな邸宅に招かれた。キョロキョロとしきりに視線をさ迷わせ、何度も立ち止まろうとする少女の小さな手を引く。その異様な光景を外野が遠巻きに眺め声をひそめる。少年は好奇の視線を睨み返しながら回廊を進み一つの大きな扉をくぐった。

「あらァ?」

談話室いたのは3人。くつろいでいたルッスーリア、マーモン、ベルフェゴールは一斉に扉の方を見やる。雪のように白い肌に白い髪、綺麗な青い瞳。あのスクアーロが見たことのない少女と手を繋いでいることに奇妙に思いながら談話室の3人は顔を見合わせた。

「スクアーロちゃんどうしたのその子?」
「一見すると幼女誘拐だね」
「うわードン引き そんな趣味あったんだ」
「う゛お゛ぉい!!適当言ってんじゃねぇぞぉ!!」

声を荒げながら少女を放るとソファに軽くバウンドし転がりながらきょとんと目を丸くする。相変わらず状況を理解できてない少女はただソファの生地を撫でる。無防備をさらけ出す姿はこの場では異常とも言えるほどだ。
スクアーロが任務や少女のあらましを話し出すがそれを無視してひとりが近付く。

「うししっまじでチビじゃん お前ゲームする?」
「?」
「目ン玉くり抜きゲーム」

眼前にナイフを突き付けられる。歯をむき出し無邪気に笑うベルに少女はやはり目をぱちくりさせ、瞬きのたびに白いまつげがナイフにぶつかる。それでも怯える様子のない少女に周囲は少し感心した。正常な人間ならば人体の急所である眼球を狙われ危険を感じない者はいない。

「おーいくり抜くぞ?…お?」

ナイフを揺らしまつげにぶつけると少女は流石に瞬きを繰り返す。そしてそれが嫌だったのか両手でナイフを挟み込むとベルの手から引き抜く。ベルは少女の動き次第で本気で眼球をくり抜こうと構えるが、少女はナイフを何故か頭の上に乗せた。はぁ?と思わず声が出てしまう。
少女はソファに突っ伏したまま白い頭にナイフを乗せ、そして歯を出すようにニッと笑ってみせた。

「…うししっまさか王子の真似?」
「うしし」
「生意気なヤツ しししっ」
「うしs」
「うししししっ♪ 言えてねぇじゃん」

「もう仲良くなったのかしら?年が近いっていいわねぇ〜」

にししと笑い合う子供に周囲も気が抜ける。マフィアの息がかかった研究施設にいたため洗脳やスパイの危険があったが少女はそんな素振りもなく無邪気に無防備にベルとじゃれあい始めた。まっさらに漂白されたような無垢さだった。
ベルが少女のやわい頬を伸ばしていると遠巻きに見ていたマーモンがふわりと白い頭に降り立つ。

「で、彼女はなんの実験を受けてたんだい?」
「んなもん知るかぁ 研究施設は全部燃やしてきたからな」
「もったいない 情報によれば高く売れたかもしれないのに 彼女もね」

生体実験に成功した人間は多額の金で売買されるときがある。もちろん少女にそんな値打ちがあるとマーモンも思ってないが。
少女は自分の頭部にある重みを見上げそーっと両手を伸ばすが掴む前に霧となって掻き消えてしまう。キョロキョロと探すといつの間にかフードの小人はベルの腕の中に捕まっていた。

「うししっ勝手に売んなよな こいつ俺のペットにするんだから」
「子供が子供をペットに?悪趣味極まりないね」
「お前はもっとガキだろッ」
「私もお人形にしたいわぁ ベルちゃん独占はダ・メ・よ」

ナイフが飛ぶと今度はルッスーリアが少女を軽々と抱き上げ太い腕に太腿を乗せた。代わる代わる目の前にやってくる人に少女は首を傾げながら、覚えたての笑顔をにししと向ける。

「piccolinaにその笑い方は似合わないわ お口を閉じて笑ってごらんなさい」
「……ん?」
「そうそう可愛いわ あなたベッツイー人形のようねぇ」

今度は言われた通り歯を見せずに微笑むと少女は人形のように可愛らしい。まだ髪や服に誰かの血液がこびりついていたが殺し屋たるルッスーリアは気にすることなく髪を撫でた。少女は初めてされる感覚に目を瞑り静かに甘受している。
ルッスーリアはふと離れた所にいるスクアーロを見た。すでに我関せずと剣のメンテナンスに勤しんでいる。彼が連れてきたというのに。ルッスーリアは流れナイフを避けながら彼の元まで行き、手を放す。重力のまま落ちる少女はギリギリ剣にぶつかる前に受け止められた。

「あッぶね!何しやがる!!」
「育児放棄しちゃダメじゃない!スクちゃんが誘拐してきたんでしょう?」
「してねぇ!!!テメェらがおもちゃにしてたんだろうが!」
「まぁね でもこの子の名前も知らないのよ?名前ないの?」

問いにスクアーロは眉をひそめ、少女はぷるぷると首を振った。聞き耳を立てていたベルはナイフでの交戦を止めると「名無しなら王子が相応しいの考えよーか?」とペットに名付ける軽さで笑う。スクアーロは黙る。少女は折り重なった死体と血だまりに浮かんでいた。研究施設は燃やし少女を示すものは何ひとつない。けれど唯一、火を放つ前に脳裏に刻まれた光景があった。

「……エル」
「はぁ?」
「こいつの名前はエルだぁ」

白い壁に鮮やかなステンドグラス。聖堂なような造り。人道と倫理を破るおぞましい研究を行う施設には不似合いな清浄な空間。その壁に大きく刻まれた文字。確かあの施設は異様で漂白された白さだった。

「エル、エル呼んだ?」
「ちぇっ 俺が命名しようと思ったのによー」

偶然かスクアーロが口にした言葉に少女は反応し復唱する。ここに来てから言葉らしい言葉を発してなかった少女が会話を成り立たせたことで誰もが納得しベルも引き下がった。少女は「エル」なのだと。そして少女は気の抜けた様子からぱちりと瞳の焦点を合わせる。

「エルちゃんね名前も分かったことだし早速…」
「か、可憐だ……!」
「……」

静まり返る。談話室に今しがた入ってきた男に冷めた視線が送られる。正反対に少女に向けられる視線は熱烈で男レヴィは若干息を荒くしていた。ルッスーリアは視線を遮断するように間に入る。

「…さ 可及的速やかに出ましょうか お風呂に入れてあげるわ」
「ししっ目瞑んねぇと腐るぜエル」
「俺はひと眠りするかぁ」
「僕も忙しいからね お先に失礼するよ」

「どういう事だ!?その少女は一体…おいお前ら!説明しろ!お前らー!」
 
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