誘拐
 
兆候は始まっていた。足音は日増しに大きくなっていく。
誰も気付くことなくそれは少女の内で芽生えていった。いや、初めから宿っていたのかもしれない。

自身に根付く違和感に少女は首を傾げるのみ。

◇◇◇


エルがヴァリアーに来てから間もなく一年が経とうとしていた。邸宅に軽い足音と白い影がみえるのが当たり前の光景となり、一人で行動することも多くなった春の日。
陽が傾きだしても帰らないエルに暗殺部隊はにわかにざわめきだした。

「エルが帰ってねぇだと!?」
「そうなのよ…昼間にお使いに行ってから…」

すぐ近くだから大丈夫だと思ったんだけど、と呟くルッスーリアにも不安が滲んでいた。勉学を教えてからというものあらゆる知識を吸収し、言動は幼いながらも分別はしっかり出来るようになっていた。すぐ近くだから、一時間くらい一人で大丈夫。本人もそう言っていたのだが。

外に出ていたベルが店内にエルがいないことを確認するとマーモンは(特別料金で)念写をした。マーモンが盛大に鼻をかみ、念写用の紙に描かれた場所は店からかなり離れたボンゴレ管轄外の領域だった。ザワリと空気が揺れる。

「う゛お゛ぉぉい…ここは確か」
「近頃ギリシャの奴らが出入りしてた場所だね」
「チィッ!渡られたら面倒だぞ!」

記された場所は港に近い倉庫。マーモンがマークしていた情報によると近頃勢力をあげてきたギリシャのマフィアが出入りして不穏な動きを見せていたらしい。もし、奴らがエルの情報を嗅ぎ付け人質として誘拐したのだとしたら。港からイオニア海を渡ればもう奴らの領域だ。
国境を超えるくらい簡単だ、取り返すことも造作もない。だが事が大きくなれば本部が黙ってるわけにもいかなくなる。そして本部が動き出せばこうだ。

"暗殺部隊に居候しているだけの少女など切り捨てろ"

エルはまだ正式にヴァリアーに入隊したわけではない。ボンゴレとは関係ないとしらを切ればそれだけでエルは用済みとなり首が飛ぶだろう。そうさせるわけにはいかないのだ。スクアーロは一年側に置き、手放したくないと心から思ってしまったのだから。

「絶対に取り戻す…!」
「ボスかオッタビオ隊長には」
「んなことしてる時間はねぇぞ!!」

少年は愛用の剣を手に走り出した。





その頃倉庫に放り込まれていたエルは冷たい床を身体で感じながらかろうじて意識を保っていた。手足を縄できつく縛り上げられ、痛む頭を耐えながらこれまでの事を思い出す。
ルッスーリアにお使いを頼まれて、お店を出た直後に路地裏に引っ張られて、目隠しされて――痛みと共に意識を失った気がする。腕を掴んだのは若い男だったがエルはどうしても顔を思い出せないでいた。ズキズキと絶えず襲い掛かる痛みに意識を保てているのかもわからない。朦朧とする中で不意に頭上に気配が現れた気がした。

――いいザマね 私。これでようやく見れる姿だわ。

高く若い声に、そしてよく知った声にエルは驚いて顔を上げた。薄暗い空間にぼんやりと白が浮かび上がる。エルを見下ろしていたのは白い髪に青い瞳の自分と全く同じ姿の少女だった。

「…私!?」

――馬鹿なあんたと一緒にしないで。

吐き捨てるような声に、侮蔑するような視線にエルはぶるりと肩を震わせた。瓜二つの顔が鏡の中でも見たことない表情を浮かべている。

――お前は知る事を恐れている。己が知る事実と彼らが隠す真実の差異を恐れ目を背けている。

「なんで…それを…」

――現実から目を逸らして得られるものは何もない。
――無知で無能なお前はお荷物のまま無情に時は過ぎるだろう。

冷たい言葉が降り注ぎその一つ一つが胸を締め付ける。同じ顔から紡がれる言葉の意味をエルは分かっていた。目を逸らしている事、有限である時間、成すべき事。エルもスクアーロでさえ知らないならそのままでいいと思っていた。でもそれではいけないと同じ顔の少女は告げる。

「…あなたは誰なの…?」

――私はただの一部で片割れ。そうね便宜上エスと名乗りましょう。

同じ顔でありながら口調も表情も異なる少女はエスと名乗りエルの胸倉を引き寄せた。

――お前は無知で無能だけれど私の力の一端を貸してあげてもいいわ。
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