ズキリ、
 
大人達が手を叩く。白い服を羽織った大人達。彼らは手を叩いて喜び合う。

「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」

惜しみない祝福の言葉に微笑み返し、その者は口を開く。

「ありがとう。これで――…


◇◇◇

冬も深まり家に籠ることが多くなったエルはいくつもの本を並べ語学の勉強をしていた。イタリア、英語、フランス、ドイツ…周辺諸国の言語を瞬く間に吸収し、もはやEU内では読み書きに困ることなはなくなっていた。語学を教えていたルッスーリアはその学習速度に驚き、噂を耳にしたザンザスも密かに驚くほどであった。
ヴァリアーの入隊条件に七か国語以上の言語を話せなければいけないとあるが、現在エルが学習している中国語をマスターすれば8か国語目となる。つまり入隊条件をクリアすることになる。


想去里? 我想去北京。〜したい、と…」

今日から中国語の勉強を始めたエルは寝る前に基礎的な発音から例文を復習し頭に叩き込む。明日からはルッスーリアと対話レッスンだ。
でもそろそろベッドに入ろうとすると部屋の外からコツコツとよく知った足音が聞こえ、そろりと扉から顔を出した。向こうから歩いてくるのは銀色の髪。

「スク兄どこか行くの?」
「ああ…ちょっと近場で仕事だぁ」
「もう21時だよ?」
「今日中に済ますつもりが寝ててこのザマだぁ。お前はもう寝ろよ」
「はぁい…」

エルは眉を下げる。いってらっしゃいの代わりに抱き付くと頭をぽんと叩かれ、スクアーロは夜更かししてるとSandmannが来るぞと言って扉を閉めた。
足早に遠ざかっていく足音を聞きながらエルは扉を憂いを帯びた表情で見つめた。

「いってらっしゃいスク兄」



Bランクの簡単な任務を終わらせ、紅茶を胃に流してからスクアーロは自室に向かった。時刻は間もなく日付が変わる頃。暗殺稼業に身を置く者としては今が稼ぎ時であり、自室を開けている者も少なくない。だがエルが傍にいる関係上それなりに規則正しい生活を送れてるスクアーロは欠伸を噛み殺しつつさっさと寝ようと足を進める。夜更かししてやがるクソガキの部屋のドアを蹴ると中から怒声が飛んできて機嫌がいい。

エルの部屋を通り過ぎるようとして、蝶番のほんの僅かの隙間から明かりがもれているのに気付き足が止まる。まさかと思いながらエルは物音に聡いため気配を消しながらドアノブを回した。すると中から明かりが溢れ、机に向かってペンを走らせるエルの姿が見えた。

「まだ起きてんのかエル!」
「あ、スク兄おかえりなさい!」
「ここにもチビのWee Willie Winkieがいたな 勉強かぁ?」

机の上を覗き込むとノートには下手くそな中国語が並んでいる。同じく夜更かししてゲームをしてるクソガキとは大違いだがさすがに24時まではやりすぎだ。強制的にノートを閉じる。

「偉いが体に毒だぜぇ さっさと寝とけ」
「勉強のためじじゃないよぉ スク兄にお帰りって言うために起きてたの!」

スクアーロはお疲れさま!と再び飛びついてくるから体を受け止めてそのまま歩き出すとベッドへ思い切り放り投げた。エルはきゃー!と悲鳴を上げてスプリングでバウンドする。恐怖からくる悲鳴ではなく楽し気な声だった。
いいから寝ろぉと布団をかぶせ寝かしつけるスクアーロは満更でも顔をしており、エルも布団から顔を出してはにかんだ。

「今度こそ寝ろよ」
「はぁい おやすみなさい」
「おやすみ」

ぱちりと電気が消され、スクアーロの足音は扉へ向かい、やがて遠ざかっていった。完全に足音が消えた頃にエルは暗闇の中でズキリと痛むこめかみを押さえた。奥から響くような痛みは実はずっと鳴り響いている。

暗闇の中で世界が明暗し誰かが「おめでとう」と手を叩く。Clamp.Clamp.
なにが、おめでとうなの…?

「あたま、いた…」

拍手が鳴り響く頭はぐわんぐわんと回っているようで、いくつかの映像が浮かんでは消え、明るくなっては暗くなり、そして最後は全てに染まった。

白い部屋
白い服の男達



い臭い

記憶を呼び覚ますその臭いは確かにスクアーロから感じられた。
まだ、頭は痛い。
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