おじゃまします
 
 さあ子供たち 外へおゆき
 お日様が明るく照っているよ
 おちびちゃんたち 一緒においで
 鳥や川やお花を見ましょう
 帽子をかぶって外へ出ましょう
 ほんとにすてきな日ですもの


季節は夏から秋へと変わり、もう半袖ではいられない気温になる。エルはお気に入りのルッスーリアお手製のワンピースに新しいカーディガンを羽織りヴァリアー邸の敷地内を散歩していた。とても手入れをされているとは言えない敷地内は野生を感じさせる草花がいたる所にぴょこぴょこと生えていて、季節の変わり目に植物図鑑を抱えて歩き回るのが習慣になっていた。
この日も黙々と地面と図鑑を見つめていたエルは、ふと顔を上げるといつの間にかかなり屋敷から離れていたことに気付いた。

「……あれ?」

見渡せば屋敷から離れた森の中。エルはすぐに森に入っていけないとスクアーロに言いつけられたのを思い出していた。"森の中にはオオカミが出るから一人で入ってはいけない"と。けれど危機感のないエルはポケットにクッキーがあるのを確認すると「これを投げて気を引こう」と呑気に考えて再び森の中を歩きだした。

子供の好奇心で恐れることなく森の中を歩くと突然景色が変わった。目の前には見上げるほど大きな白塗りの塀に串刺しになりそうなフェンス、さらにその奥からは微かに人の気配がする。どうしても向こうが気になって周囲をウロウロしていると、運よく成長した木によってフェンスが歪められている箇所を見つけてしまう。

「ちょっとだけならいいよね…すぐ戻ってくれば」

オオカミに食われるぞ!とスクアーロが怒鳴った気がしたが、バレなきゃ大丈夫、大丈夫。とフェンスの隙間に身体を滑り込ませた。
フェンスの向こうは青々とした緑があり足元の芝生も手入れされている。エルは冒険気分になりながら再び植物図鑑を広げ、新しい森を歩いて行った。しばらくは目新しいものを見つけられず、「すぐ戻らないと」を忘れて道を進んでいくと急に開けた場所に出た。どうやらそこはバラ園のようで、ヴァリアー邸では決してお目に掛かれない華やかな空間にエルは感嘆の声をあげた。

「わぁ…!すごい!きれいなバラがいっぱい!」

白に黄色にピンクに赤。色も形も様々なバラに、思わず見知らぬ屋敷というのを忘れて歩き回る。ヴァリアーの敷地では見られない可憐な花。手入れされた園の花は一輪一輪が深い色をしている気がした。エルは初めてみるバラの花弁を撫でるとしゃがみこんで植物図鑑を開いて名前を覚えようとする。けれどいくらページをめくっても載っていない種類に首を傾げた。

「なんて名前だろ…」
「それはスイートジュリエットという種類だよお嬢さん」
「え?」
「隣の白はトランクウィリティー。この一角は全てイングリッシュローズだね」

ぱっと後ろを振り返ると杖をついたおじいさんが優しく微笑む。しわを刻んだ柔和そうな表情にエルはぱちぱちと瞬きをするが、その後ろにいかつい顔のおじさんが立っているのに気付き慌てて立ち上がり背筋を伸ばした。ヴァリアーで培われた危険センサーが髭を生やし左腕に鎧をつけたおじさんと危険を判断する。

「勝手に入ってごめんなさい」
「構わないよ。きっとお嬢さんに見てもらいたくてバラが香りで誘ったんだろう」

花は好きかい?と問う老人にエルは頷き、ずっと小脇に抱えていたスケッチブックを開いた。そこには敷地内にある草花と思われる拙い絵が描かれてある。風景画はあまり上手とは言えないが、花一輪のスケッチはとても特徴を掴んでいる。

「ワイルドフラワーかい?…これはどこの?」
「あっちのお屋敷!エルは隣から来たんだよ」
「……そうかい」

エルが指をさす方向を見て老人はわずかに目を細めた。その方向になにがあるのか、そして白い少女がどこから来たのか言わずとも理解する。そして、老人は最近ヴァリアーの屋敷に白い子供の人影が現れるというウワサを思い出していた。
真っ白な少女を見下ろしているとん?と顔をあげて澄んだ青い瞳を瞬かせる。

「そうだったのか…」
「おじいさんどうしたの?」
「いいや、なんでもないよ。お嬢さんこの庭が気に入ったのならいつでも来なさい。歓迎するよ」
「ほんと!?このお庭スケッチしてもいい?」
「あぁもちろん」

老人は孫と接するような温かな気持ちになる。ふと穢れのない白い髪を撫でようとすると少女は何かにぴくんと反応して屋敷のある方角を見つめた。その瞬間一番嬉しそうな笑顔になり、老人の手は止まった。

「スク兄の声がする!戻らないと」
「…ちょっと待ってくれるかい」

老人は後ろに控えている者を呼び剪定バサミを受け取ると、少女が初めに見ていたスイートジュリエットのバラを一輪パチリと切りとった。咲き始めのバラは特に香り高い。レモンの香りにも似たこのバラは少女にぴったりだろうと差し出した。

「今日の思い出になるように受け取ってくれるかい?」
「わぁ!ありがとうおじいさん」
「また会えるのを楽しみしているよ」

バラを受け取ると、ふとエルはポケットの中の存在を思い出し、割れていないのを確認するとそれをおじいさんに差し出した。小さな手に収まっているものはエルが前日に手作りしたクッキーで、もしオオカミが現れたら投げて見逃してもらおうと思っていたものだ。

「バラのお礼に受け取ってください。本当は怖いオオカミさんがいたらあげるつもりだったけど、優しいおじいさんでよかった」

エルははにかむとそれではさようなら、とワンピースの裾を広げて頭を下げるとすぐさま屋敷の方へ、ヴァリアー邸がある方角へ駆けて行った。

その後、明らかに野生のものではないバラを大事そうに握りしめていたエルはスクアーロに見つかりこっぴどく怒られたという。
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