Baci di Dama
 
「ルッスねぇ お願いがあるの」

ある日の朝食の後。もじもじと様子を窺うように見上げてきたエルにルッスーリアは微笑ましく膝を折った。どうしたの?と優しく声をかけるとつたない丸い文字が書かれた一枚のメモ用紙が差し出された。それに目を通して首を傾げる。文字が読み取れないのではなく目的が分からなかった。するとエルは背伸びをして「あのね、」とないしょ話をするように口元に筒を作った。ルッスーリアはさらに体を折り曲げエルの言葉に耳を傾けると次の瞬間「素敵ね!」と手を打つ。

さぁ さっそく行動開始。



最初の作業はカンタン。さらさらになるよう振るって振るって、そうそう常温にさせるのも忘れないで。
柔らかくなったらあれとそれとこれを足してよく混ぜてこねて。
大きい丸を小さくちぎって丸めて並べて冷蔵庫で1時間おやすみ。
180度に熱したオーブンに10分とちょっと。ち、ち、ち、っちーん。
このままでもおいしいけどもうひと手間をぬりぬり。合わせて完成!

「ルッスねぇできたぁ!」
「上手に出来たわね」

ご満悦というように掲げた手作りのお菓子にルッスーリアも笑顔になる。最初お菓子のレシピを見せられた時には何だか分からなかったが、どうやらテレビで見たお菓子をスクアーロにプレゼントしたかったらしい。子供らしいお返しがなんとも微笑ましい。ちゃんとラッピングの用意もしてきたようで、先日出掛けた時に買ったのか可愛らしい水玉の袋に慎重につめている。いくつもある袋の中で、一目で分かる量の違いにこのパンパンに詰めてあるのはスクアーロ用なのだと頷く。分かりやすい。

「誰にあげるつもりなの?」
「スク兄とベル兄とぼすと…いろんな人!あとね、」

またもじもじとルッスーリアを見上げる。この仕草はなにかをお願いしたい時の遠慮の動作と知っているため「なぁに?」といつも以上に優しい声をかけるとぎゅっと手を握っている。

「ルッスねぇこの後おひま?お礼にこれでお茶したいの、」
「まぁ素敵!嬉しいわ!ならとびっきりの紅茶を用意しないと」
「じゃあ…いいの?」
「もちろん!」

やったとほころばせて自分で作ったお菓子の山をチラチラと見る。それには自分でも食べたいという考えが透けていたが子供だから当然だろう。お茶の準備はしておくからエルちゃんはさっそく渡してきなさい、というと揚々とお菓子を籠バッグに入れて軽い足取りで駆けて行った。その後ろ姿は何度見ても暗殺部隊には似合わない、と嘆息した。

沢山のお菓子のつまった籠バッグを抱え目当て人物を探しながら廊下を歩く。
ちなみにヴァリアーに来て日の浅いエルは屋敷の中でも歩く場所は制限されていた。ボスであるザンザスに認められたものの暗殺部隊に所属する者の多くは気性が荒く、見るからに"殺しやすそう"なエルは格好の餌食となる。そんなエルの背後に一人が忍び歩き…

「う゛お゛ぉぉい!なにほっつき歩いてんだエル」
「キャー!スク兄!」

小さな背中を捕まえられ悲鳴を上げるが、大好きな人の声にエルはすぐに正面に向き直りスクアーロのお腹に飛びついた。きゃらきゃらと高い笑い声と微かに香る甘いにおいは暗殺部隊の屋敷になんとも似つかわしくない。
スクアーロはにおいの発信源を指さしながら問うとエルは満面の笑みで袋に大量につまった焼き菓子を手渡した。全体的に歪で大きさもバラバラのそれは誰の手作りだか一目でわかる。

「まぁまぁ上手いじゃねぇか」
「えへへ…スク兄これはね…」

エルは口元に手をあてがい小さく呟いたためスクアーロは思わずん?と腰を落として顔を近づける。その隙を狙って服を掴んで引き寄せると、スクアーロの頬に小さな唇がぶつかった。

「Baci di Dama(貴婦人のキス)!」
「あ?あぁ…この焼き菓子のことか?」

うん。と満足気に頷く。袋に詰まっている多少歪でチョコクリームが挟まれたクッキーは、確かにアーモンドが香るイタリアの伝統菓子だ。さっそく包みを開いてバッチ ディ ダーマを口に放ると焼き加減はちょうどいいようで口の中でほろほろと崩れる。うまいな、と正直な感想を言うとエルは何度も嬉しそうに頷く。

スクアーロの感想を聞けたエルはまだまだ渡す人がいるの、と指を降りながらぼすとベル兄とマーモンくんと…と次々名前を出した。その後はお茶会もあるようで、エルは忙しそうに籠バッグを抱え直して廊下を走り出した。その後ろ姿に手を振りながらスクアーロは思わず呟いてしまう。

「まぁBaci di Damaより…Sorriso di Binba(少女のはにかみ)ってところだな」

聞こえたらしい少女は振り返って廊下の端で抗議の声をあげた。
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