コロシアムでの邂逅

 Scene:21 Toriko! 


IGO 第一ビオトープ 地下60階──
無菌室とエレベーターを通ったその先には獰猛な獣達が強化アクリル板の中に閉じ込められており、その前にはどこかしら身体に欠損のある白い衣服の者達が付いている。
いつもの光景を足早に過ぎると女に気付いた研究員達は「ご馳走様です」とここ特有の挨拶をする。だが女は挨拶すら鬱陶しそうに歩くペースを上げた。

猛獣共の声もアクリル板も遠のくと回廊は重厚な扉の前に着き、女はカードをスラッシュさせる。後はここの主である所長に報告書を提出するだけ──だったのだが、だだっ広い部屋には目的の男がいない。
豪奢なシャンデリアに壁一面に広がる海、隅にはハイアンパンサーのリッキーがぐるると鳴いている。

「…………」

女が黙って立ち竦んで入ると背後からサングラスをかけた男が声をかけた。

「ユニ様どうかなさいましたか?」
「…………」
「所長でしたら現在トリコ様とコロシアムに…」

コロシアム。その単語に女は無表情から嫌悪の表情になり口の中で小さな舌を弾かせた。
あそこは面倒臭い。騒がしいし不愉快だ。女は資料を片手に逡巡するがここの主の言葉を思い出すと深く息を吐き出して踵を返した。部屋に一人残された男──ヨハネスは白銀を目で追うと「案外律儀な人ですね」と肩をすくめた。


◇◇◇


グルメコロシアム。
第1ビオトープの地下にある巨大コロシアムは、表向きには猛獣の戦闘力と捕獲レベルを図る場所とされている。だが、実際は権力者や金持ちがスリルを味わう道楽の場だ。客にはIGO加盟国のVIPや資産家やあまつさえ大統領まで金を振りまき会場の熱気に飲まれている。

「すごい熱気ですね…お金まで舞って」
「ばっはっは!当然だ!なんたって古代王者の対決が拝めるんだからな!」
「ここはいつでも満席だろ」

古代の王者であるバトルウルフの再臨を聞いたトリコと小松は所長であるマンサムに連れられ、コロシアムの狂乱に感心しながら席に着いた。
コロシアムはちょうど猛獣達が登場するところでアナウンスと共にゲートが開け放たれる。第一門からはエレファントサウルス。第二門からガウチ、第三門シルバーバック、第四門ゲロルドと次々に現れる。

残すはバトルウルフとデビル大蛇。
会場の熱気はさらに高まり興奮した金持ち達は札をばら撒き叫び目が離せなくなる。トリコと小松も王者の行進は今か今かと待ちわびていると、ふと頭にお札ではない紙がバサリと落ちてきた。

「お?」
「ぅお!?なんだ…ユニじゃねえか!」

マンサムの声に通路側を見上げると不機嫌そうな女性が立っていた。
白銀色に輝く長い髪を1つに結び、瞳は金色。腰までの白いマントを羽織っていて、ショートパンツからはすらりと長い足が伸びている。女性らしい体ではあるが、トリコはその筋肉のつき方、立ち姿から女が只者ではないと判断した。

「"おかえり"か!調査はどうだった?」
「…………」

女は渋い顔のまま投げた紙を見ろと言わんばかりに指差す。トリコが1枚拾い上げるとそこには「ビオトープ8調査報告書」と書かれ、植物から猛獣の分布や近年の生態変化まで詳細にまとめられていた。マンサムも1枚取り上げるとトロルコングのEN(絶滅危惧1B)項目に目を細める。それ以外にもトリコにはまだ知られていない美食會のビオトープ侵入について侵入径路や奪われた食材や生態変化予測。
そして二人がまだ手に取っていない資料には洞窟のフグ鯨の回遊ルートやトリコ達が遭遇したロボの足取りまでまとめられていた。

「随分な量だな!管轄外の調査までご苦労!どうだこれから王者の再臨を祝って酒でも」
「…………」
「無視か!ばっはっは!」

マンサムの誘いにもつれなく女はもう用は済んだとばかりに無視して階段に足をかけ、ふと立ち止まってトリコを見下ろした。

「よぉ」
「…………」
「って俺も無視か!」

じっと観察するように見てきたためトリコはフランクに手をあげたが女はすぐに階段を上っていってしまった。揺れる銀色の髪を見ながらトリコはIGOの職員か?と聞く。
長年IGOに出入りしているトリコだがあれほど印象的な女性を見るのは初めてだった。さらに言うとNo.3のマンサムの頭に報告書を投げる女も初めて見る。

「ん?何だ知らないのか?あれは会長の…つうと殺されるな。まぁ大分前からビオトープの生態調査を担当してる職員だ」
「一龍会長の…?」
「そのうち紹介されるだろう。無愛想な奴だが仲良くしてやってくれ」

それよりトリコは気になっていた。
顔立ちや強さや態度よりも印象的な気配が、あのなんとも形容し難い気配が。あれほど目を引く容姿でありながら観客の誰も彼女に気付いていないことが不可解だった。隣の小松も後ろの観客も。
だがそんな謎も次の瞬間現れたバトルウルフによって会場が湧き、トリコの意識は会場に引き戻される。

彼女などいなかったようにバトルウルフの存在感に目を奪われた。


◇◇◇


女──ユニは再び沸いた歓声にコロシアムを振り返った。
闘技場を悠然と歩く伝説の王者を見つめ、その生みだされた命に何かしらの情が湧き起こる。

(バトルウルフ…あれはクローンか)

採取したDNAを元に復元されたクローン。女はバトルウルフの腹部の僅かな張り、歩き方、警戒心から出産の兆候を読み取っていた。IGO側がそれに気付いていたかは知らないがそんな状態のクローンをコロシアムに出すとは相変わらず情け容赦のない連中だ。嫌悪の表情をむき出しにして女は足早にコロシアムを去った。


(あの命はそう長くない。残りの人生をどうか懸命に)

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