咎凪虎次郎は部活に身が入らなくミスを連発してばかりだったが、がむしゃらに体を動かし続けた。何も考えられなくなるほどに。
仲間がもう時間だと言ったがそれでも砂浜を走り続ける。
頭が痛いほどに響くのは自分の息か、警鐘か。
「あれ、不二さんにリョーマ君!」
「どうしたんだー?」
「急なのね」
葵たちの声で我に返り、見渡すと部室の前には見覚えがある二人がいた。
「久し振りだね。急にごめん」
「佐伯さんの用があるんす」
不二と越前が同時に俺の方を振り返りゾッと背筋が凍る。
不二は零崎、越前は闇口。
気のせいと無視し続けた警鐘は現実を見ろと耳元でけたたましく鳴り響く。嘘だ。目をそらしたいのに薄い笑みを浮かべる殺し名の前では体が硬直して動かない。口の中もカラカラに乾いて喋れないでいると二人がサクサク、と砂を踏みしめゆっくり歩いてきた。
俺に出来るのは、首を傾げる仲間に笑いかけるだけ。
「佐伯…いや、咎凪」
「来た意味は分かってるっすよね?」
「…ああ」
そうだね。知っていた。
咎凪虎次郎のみならず≪人類最美≫の闇口夜魅は諦めが悪く我がままで自分勝手だってことは知っていたはずだ。命令を与えた玩具が動かないことに腹を立て滅茶苦茶に壊してしまうほどに彼女は傲慢。
嗚呼"嫌な予感"しかしない。
「君の代わりに六角メンバーを殺しに来たよ」
「≪人類最美≫に逆らったからッス」
咎凪虎次郎の両隣で囁くそれは死刑宣告。本人へ向けてではない死刑宣告。
動かない彼は言葉を返さないのではなく、"咎凪"の力である予言で見えた凄惨な光景に絶句したのだ。そして間もなく死刑は行われる。
「…"予言者"が"殺人鬼"にかなう訳ない」
さすが物分かりがいいね、と不二こと零崎唯識は嗤う。
もちろん咎凪虎次郎は笑えるわけなかった。
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