眠りを誘うクラシック


時間は7時をすぎ、ネオンが輝くなか私は足早にバーに向かった。
今日は曲識兄さんに会うんだからあまりしないメイクも軽くしている。曲識兄さんは化粧とか変化に気付いてくれる数少ない人だからけっこう嬉しい(双識兄さんは気付きすぎてちょっと面倒…)

そんなことを思いながら"クラッシュクラシック"と控えめに書かれているお店に入った。


「…こんばんは」

少しもれていた音は中に入ると軽やかで軽快な音楽が際立つ。
曲識兄さんは店の中心のピアノを弾いていた。私がもう一歩店内に踏み込むと慣れた独特な音波に体を包まれ、安心したように体の力が抜けるのがわかる。ドアの前で立ち尽くしていると区切りのいい章まで弾き、曲識兄さんはようやく顔を上げて目を合わせた。

「…悪くない」

一度止まった指が動き今度はゆったりとしたクラシックの曲で満ちる。
私は手短にあった椅子に座った。

「(曲識兄さんの音だ…)」

ザワザワしていた心が落ち着いていく。すうっと溶けてどこかに行ってしまう。
目を閉じてしまえばそこは暗い一つの空間で嫌なことや疲れていたものが落ちていく。私は目を閉じて聞いていた。


*****


「幸織」

名前を呼ばれ肩を揺すられるような感じがして意識が浮上する。
肩をとんとんと叩かれ瞼を持ち上げるとそこにはもうピアノに座っていない曲識兄さんがカップを片手に佇んでいた。

「あ、私また寝て…」

もたれ掛かっていた背を起こすとブランケットがぱさりと落ちた。演奏が終わって、ブランケットをかけてくれて、ココアも入れてもらう中私は熟睡していたみたい。毎回のこととは言えちょっと恥ずかしい。

曲識兄さんの曲はダメなんだ。どうしても眠くなってしまう。
それは単にクラシックだから、という訳ではなくて、昔曲識兄さんの演奏を子守唄にして寝かしつかされてきたからだと思う。ずっと昔、私が零崎になって間も無くの頃、不安で毎夜眠れない私に楽器を弾いて歌を歌って安心させてくれていた。あの頃の習慣が今でも染み付いているんだと思う。


「ごめんなさい…」
「寝てしまうのも、また悪くない」

そして曲識兄さんはその事を分かってくれている。兄さんはココアを置いて向かいのテーブルに座った。

「髪、巻いているな」
「ちょっとだけ…下手ですけど…」

周りの女子がアイロンで毛先をゆるく巻いていたので見よう見まねでやってみた。まだ下手でとれてるとこもあるけど…気付いてもらえると嬉しい。
曲識兄さんはよく人を見ていると思う。
双識兄さんだと彼氏ができたのかと心配されて、軋識兄さんはまず気付かない。人識兄さんとは意見の食い違い多いし…ほら、個性的な格好だからね…?


「久しぶりに来たが学校で何かあったのか?」
「え、いや…特に…ただ会いたくなって」

会いたくなったのは、本音だけど…それ以上の言葉にうまく言い表せないというのもある。学校でなにかあったわけでもない。いつも通りの日常だった。本当になにも…

「僕の思い違いでなければ幸織は何かあった時にしかこないと思っていたがな」
「そうですか?」
「あぁ。それか何か言いに来たのではないか?」
「……。何で双識兄さんは私を学校に入れたんでしょう…ずっと、漠然と思ってたんですけど…」

そう。ずっとなんとなく思ってた。
私は殺人鬼。私でも殺人衝動はあるし抑えるのはけっこう大変。昨日も思わずやっちゃったし、そのうち学校を消してしまいそうでどこか危ういものがある。なのにどうして学校に?私は学校なんかにいるより家賊と一緒にいたいな…。

「…レンにも考えがあるんだろう。あいつは誰よりも家賊思いな奴だ。幸織のためとしているはずだ」
「分かってますけど…」

ちょっと腑に落ちないところはある。
私本人に話してくれたっていいじゃん…

「そうむくれるな。何かあったら頼るといい」
「大丈夫です…ヘマしません」
「しかし幸織はまだ未熟で子供だ。子供が大人を頼るのは当然のことだと僕は思う」
「……子供」

未熟で子供。だから私は学校にいるのだろうか。
だったら舞織姉さんと私の違いはいったいなんなんだろう。
零崎の末子で大反対されても銃器類を扱う変わり種だから?むすっとしてココアを飲むと私の機嫌を察して曲識兄さんはクッキーを差し出してきた。
…子供扱いされてる気がする。

「今日はゆっくりしていくといい」

席を立ち再びピアノにから優しいメロディを奏で出す。
拗ねていた気持ちも揺らぎまた瞼が重くなってきてしまった。曲識兄さんの演奏は魔法みたい。悔しくて でもやっぱり安心する。


眠りを誘うクラシック
(寝るものか…っ)
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